イアン・ヒル引退──JUDAS PRIESTに捧げたベーシストの活動を振り返る
1978年初来日時のJUDAS PRIEST。右端がイアン・ヒル。
昨週末、メタル・ファンの話題はこれで持ちきりだった。JUDAS PRIEST最後のオリジナル・メンバーにして不動のベーシスト、イアン・ヒルが引退を表明。1970年の結成、1974年のデビューから課外活動もほぼなく、完全にJUDAS PRIEST一本槍の半世紀超だった。
彼の後任として、URIAH HEEPのベーシストであり、リッチー・フォークナー〈g〉とはELEANT WEAPONSでのバンドメイトでもあるデイヴィー・リマーの加入が決定している。
皆さんこんにちは。長らく「いつまで続けられるのか」と聞かれるたび、私はいつも「パフォーマンスが落ち始めるまで」と答えてきました。
言いたくはないが、その時が来てしまった。
ここ数年、厄介な関節炎の発症に悩まされています。左肩と右手は進行しており、右肩は既に発症、両膝にも症状が出ています。鎮痛剤の錠剤やジェル、そして最近では肩と手にコルチゾン注射を打って、痛みと闘っています。
新しいアルバムの曲にベース・ラインを入れることはできたものの、最近のヨーロッパ・ツアーを無事に終えられるかどうか疑問視する声もあったので、URIAH HEEPやELEANT WEAPONSの親友であるデイヴィー・リマーに、もし私が出演できなくなった場合に備えてセットリストを覚えてもらい、ロンドン公演で代役を務めてもらうことにしました。
2日前のブリュッセル公演のアンコール直前に、左肩の腱を断裂してしまったのが原因でした(ただでさえ肩の調子が悪いのに!)。そのため、ベースのネックに手が届くほど腕を上げることができなくなってしまったのです。そこで、デイヴィーに代役を頼むことになり、彼は急な依頼にもかかわらず、素晴らしい演奏を披露してくれました!
専門医に診てもらったところ、手術なしで済む可能性もあると言われましたが、たとえ手術が必要になったとしても、肩や腕に十分な筋力が残って舞台公演を最後までやり遂げられる保証はどちらにもありません。
こうした状況、そして私が57年間家族との生活を疎かにしてきたという事実を踏まえ、私は引退し、残りの人生をその埋め合わせに、そして家族と一緒に様々なことをして過ごすことにしました。そうしないと、家族の誰かが私を車椅子に乗せて連れて行かなければならなくなるからです。
私の後任として最もふさわしいのはデイヴィーです。彼は素晴らしいベーシストで、本当にいい人柄で、この仕事にぴったりだと思う。彼の幸運を心から祈っています!
毎日、私が経験してきた素晴らしい旅に感謝しない日はありません。そして、皆さんを愛しています、そして私に生きさせてくれた人生に感謝します、とだけ言っておきます
1969年、5歳の頃から知り合いだったというK.K.ダウニング〈g〉とともにFREIGHTを結成。K.K.が一度オーディションを受けたことのあるJUDAS PRIESTというバンドで歌っていたアル・アトキンス〈vo〉が彼らを見初めてメンバーとして合流。すでに解散していたJUDAS PRIESTの名前を引き継いだ、というのが後の鋼鉄神の始まりだった。
ロブ・ハルフォード〈vo〉が加わる前の黎明期PRIESTの姿を伝える音源にはなかなかお目にかかることができないが、アルの2017年のアルバム「RELOADED」に “Mind Conception” という、超初期のPRIESTのレパートリーだった曲のデモが収録されている。楽曲というよりジャム・セッションの様子を録ったもので、ヘヴィ・ブルース・バンドとして始まった時期のサウンドを支える、イアンの生々しいプレイが記録されている。なお “Mind Conception” は1997年のソロ・アルバム「VICTIM OF CHANGES」でもリメイクされていた。
「RELOADED」はアルのPRIEST在籍時や自身のバンドで作った楽曲をリメイクしたアルバムで、イアンも“Winter” と “Never Satisfied” の新規レコーディングに参加している。
彼のベース・プレイは完全な独学だったそうで、初期はフィンガー・ピッキングによるファットなトーンでブリティッシュ・ハード・ロックの新旗手としてのドラマティックなサウンドを演出。1978年の「KILLING MACHINE」(アメリカ盤は「HELL BENT FOR LEATHER」)からピック弾きに移行し、ギターの歪みが増えて “ヘヴィ・メタル” を標榜し始めたバンド・サウンドに合わせて、彼のベースも硬度を増していった。
「派手さはないが堅実」と言われることの多いイアンのプレイだが、フレーズはシンプルながらバンド全体を推進させるかのようにドライヴする技は、圧倒的なスキルの高さを物語るもの。ティム “リッパー” オーウェンズを迎えた1997年「JUGULATOR」では、音楽性の変貌ぶりに賛否両論となったが、イアンのベースは90年代という時代に則したヘヴィなプレイにも対応可能なのだと証明された1枚でもあった。
K.K.がバンドを離脱して久しく、長らく唯一の創設メンバーとしてPRIESTの伝統を守り続けたイアンが遂に引退。自身の立ち位置を死守しながら、ベースのネックを大振りするあのアクションが見られなくなるのは寂しい限りだが。ひとまず、彼に労いと感謝の言葉を贈りたい。
To Ian: Thank you so much for your nearly 60 years of dedication to Heavy Metal. And thank you for letting us hear your amazing playing.
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