アクセル・ローズやセバスチャン・バック等にも多大な影響を与えたROSE TATTOOのヴォーカリスト、アングリー・アンダーソン死去
商品詳細 Rose Tattoo『Scarred for Life』
Amazon Music(OCT 01 1982)
※手前中央がアングリー・アンダーソン。
1970年代にオーストラリアから登場した最もハードなロック・バンドの一つ、ROSE TATTOOのフロントマン、ゲイリー “アングリー” アンダーソンが亡くなりました。享年79。
ROSE TATTOOの公式声明は、「2026年9月21日月曜日の夜、オーストラリアにて、愛する人々に囲まれながら、ゲイリー “アングリー” アンダーソンが逝去したことを、深い悲しみをもってお知らせいたします」と伝えています。アンダーソンはこの8月、ROSE TATTOOでヨーロッパ・ツアーを行なっていましたが、ドイツでの公演中に心臓発作を起こして現地の病院に入院しており、母国オーストラリアでの公演を含む、バンドの結成50周年記念ツアーの残りの日程はすべて中止となっていました。
70年代から80年代にかけて、“Bad Boy for Love” “Rock ‘n’ Roll Outlaw” “We Can’t Be Beaten” など、数々のヒット曲を連発したことで知られるROSE TATTOOは、オーストラリアのハード・ロック界における筆頭格であり、2006年にはヘレン・レディらと共にARIA(オーストラリア・レコード産業協会)殿堂入りを果たしました。
1947年8月5日、メルボルンに生まれたアンダーソンは、父親との複雑な関係について度々口にしており、また小柄な体格ゆえに学校ではいじめの標的となっていたと言います。そんな彼が出逢ったのがロックン・ロールでした。
1973年にBUSTER BROWNを結成したアンダーソンは、マイケル・グディンスキーが社長を務めるマッシュルーム・レコードからアルバムをリリースしますが、バンドはその2年後に解散します。アンダーソンは1976年にROSE TATTOOを結成、すぐにアルバーツと契約を結び、AC/DCなどが所属するレーベルの一員となりました。バンドは度々解散と再結成を繰り返し、メンバーの顔ぶれも変わっていますが、アンダーソンは一貫してフロントマンを務め続けていました。
大抵はレザーやシンプルなタンクトップ姿で、腕いっぱいに施されたタトゥーを露わにし、常に鋼のように強靭で、そのニックネーム通り怒りに満ちた様子に見えたアングリー・アンダーソンですが、実は心優しい人物でした。学校生活の中で辛い思いをしながら成長した彼は、恵まれないオーストラリアの若者たちの熱心な擁護者であり、その活動による功績が認められ、1993年には地域社会への貢献により、オーストラリア勲章メンバーに叙されたのです。
またアンダーソンは俳優として数々の映画に出演しており、1985年の『マッドマックス3/サンダードーム』でティナ・ターナーと共演した他、地元オーストラリアのTVでもお馴染みの存在でした。しかしROSE TATTOOの楽曲を次々とヒットさせていた当時には、アンダーソン本人も、まさか自身が1986年にソロとしてレコーディングし、世界的にもヒットしたバラード曲 “Suddenly” が、よりにもよってオーストラリアのTV史上屈指の視聴率を記録したメロドラマにBGMとして使われることになるとは、夢にも思わなかったことでしょう。現実とは、時にどんなフィクションよりも摩訶不思議なものだということです。同曲は、当時トップ・アイドルだったジェイソン・ドノヴァンとカイリー・ミノーグが、それぞれスコットとシャーリーンを演じた『ネイバーズ』のエピソードで、二人が結婚するシーンのサウンドトラックとして使用されたのでした。
オーストラリア国立映画・音響アーカイヴによると、この番組はオーストラリアとイギリスで合わせて2,000万人以上が視聴し、この曲は全英チャートでトップ10入りを果たした上に、最高位第3位を記録しました。彼のその他のソロ曲には、1991年のAFLグランド・ファイナルの試合前のエンターテインメント・コーナーでアンダーソンが披露した、選手たちを鼓舞する “Bound For Glory” などが含まれています。
また彼はその後政界にも足を踏み入れ、イスラム教徒の移民に厳しい制限を設けることを公約に掲げていた政党「オーストラリア・リバティ・アライアンス」の上院議員候補として出馬し、物議を醸したこともありました。
アンダーソンは2018年、息子のリアム・アンダーソンが薬物の影響下にあった男に殴打されて亡くなるという悲劇に見舞われます。この事件の裁判が行なわれている最中、彼は家族の生活が「一変してしまった──ズタズタに引き裂かれ、もう二度と修復されることはなく、元通りには決して戻らない」と語っていました。
彼の訃報に際し、真っ先にお悔やみの言葉を寄せたのは、同じくARIAの殿堂入りメンバーであるマーシア・ハインズでした。「アングリー・アンダーソンの訃報を聞き、胸を痛めています。彼はロックン・ロールにおいて最も心優しく、思いやりのある人物のひとりでした。ご遺族の皆様、そしてROSE TATTOOのメンバーの皆様に、心よりお悔やみ申し上げます。どうか安らかに」と、彼女はソーシャルメディアに綴っています。
現在はTWISTED SISTERの臨時ヴォーカリストとしてツアーに参加しているセバスチャン・バックは、アンダーソンの功績を振り返り、「金輪際不世出、唯一無二の存在」と位置づけています。「ああ、俺たちはホンモノの逸材を喪ってしまった。アンガー・アンダーソンのような人物はもう決して作られることはないし、アンガーのような人物はもう二度と現れることはないだろう。あなたはあまりにも早く俺たちの元から旅立ってしまったけど、それはあなたがこの世界に留まるにはあまりにも素晴らし過ぎたからなんだよな。あなたは最後の最期まで、史上最も才能に恵まれたヴォーカリストであり、作詞家であり、パフォーマーであり続けた」
オーストラリア・ロック界のレジェンド・バンド、COLD CHISELのフロントマン、ジミー・バーンズは、アンダーソンをロックン・ロール業界において無類の「善良な男」として回想しています。「アングリー・アンダーソンはいつだって本気で、パワーと信念を込めて歌っていた。けれど、そのタフな外見に惑わされてはいけない。彼は家族を愛し、友人を大切にし、弱者のために立ち上がる、誰より思いやりに溢れた人物だった。ロックン・ロール・シンガーとして、彼はこれ以上ないほど素晴らしい存在だったんだ」
SAXONのビフ・バイフォードは、2007年の「THE INNER SANCTUM」に収録された “I've Got to Rock (To Stay Alive)” のスペシャル・ヴァージョンで、故レミー・キルミスターやHELLOWEENのアンディ・デリスとともに、アンダーソンをゲスト・シンガーに迎えたことも振り返りつつ、彼のことを偲んでいます。
「アングリーは献身的な父親であり、友人やバンド・メンバー、そして音楽・エンターテインメント業界全体から深く愛されていた人物でした。オーストラリア国内だけでなく海外でも、彼を知り、愛していたすべての人々が、彼の死を深く悼むことでしょう」と、ローズ・タトゥーの公式声明は更に続いています。
「彼の家族及びバンド・メンバーたちは、この困難な時期においてプライバシーを尊重していただきたく、インタヴューはお断りしております。彼らがこの測り知れない喪失を受け入れ、悲しみを乗り越えるために必要な時間を過ごす間、その意向を尊重していただけますようお願い申し上げます。皆様からの祈りや温かいメッセージ、そして変わらぬご支援に心より感謝いたします。愛を込めて、アンダーソン家とバンド、ローズ・タトゥーより。皆様、どうかいつまでも若く、そして強く生きて行きましょう」
安らかなる眠りをお祈りいたします。
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