訃報:希代のロック・シンガー、ミートローフが74歳で他界
ロック・シンガーとして1億枚以上のレコード・セールスを記録し、俳優としても活躍したミートローフ<vo>が、1月20日に亡くなった。74歳だった。
この訃報は、彼の公式フェイスブックを通じて発表されたもので、現時点で死因は不明。
フェイスブックの投稿は次のような内容。
「私達は傷心の中、お伝えします。唯一無二の存在であるミートローフが今夜、妻のデボラ、娘のパールとアマンダ、そして親しい友人達に囲まれながら息を引き取りました。彼の素晴らしいキャリアは60年に及び、世界中で1億枚以上のアルバムを売り上げ、『FIHGT CLUB』『FOCUS』『ROCKY HORROR PICTURE SHOW』『WAYNE'S WORLD』など65作品以上の映画に出演しました。さらに、『BAT OUT OF HELL』は現在もアルバムの売上トップ10にランクインしています。私達は、彼が多くの人々にとってどれほど大切な存在であったかを知っています。これほど影響力のあるアーティストであり美しい男性であった彼を失った悲しみを乗り越えるにあたって、皆さんからのあらゆる愛とサポートを本当にありがたく思っています。私達のプライヴァシーに配慮していただき感謝します。彼の心から皆さんの魂へ...ロックすることを決してやめないで!」
1947年9月27日、米テキサス州ダラスに生まれたミートローフことアーヴィン・リー・アーディ―は、60年代後半~70年代前半は俳優活動やミュージカル出演がメインだったが、1977年に「BAT OUT OF HELL(邦題:地獄のロック・ライダー)」で本格ソロ・デビュー。ジム・スタインマンが作詞・作曲を手掛けたこのアルバムは大ヒットし、ミュージカルにもなった。その後もアルバムを重ね、巨体から発せられるパワフルな歌声、ドラマティックな楽曲、シアトリカルなライヴ・パフォーマンスで絶大な支持を集めていったミートローフは、ロック界で孤高の存在となる。1993年には「BAT OUT OF HELL」のパート2を発表。このアルバムからシングル・カットされた”I'd Do Anything For Love(But I Won't Do That)”はグラミー賞を受賞した。1996年には来日公演も行なったが、それが最初で最後の来日となった。2006年には「BAT OUT OF HELL」のパート3も発表している。
長年のコラボレーターだったジム・スタインマンも昨年4月に亡くなっている。
娘のパール・アーディ―はANTHRAXのスコット・イアン<g>の妻。
ミートローフは、昨年11月のフェイスブックの投稿では、現在新しいレコードの制作中であり、この1月初頭からまたスタジオに入る予定であることを報告。その文面からはとても楽しみにしている様子が伝わってきたが、残念ながら、志半ばでこの世を去ることになってしまった。
謹んでご冥福をお祈りいたします。
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