令和のメタル・シーンに翼広げるギター・ヒーローとなるか THE GENIUS ORCHESTRATION伊豫田 浩平<g>インタビュー

1月6日にミニ・アルバム「SPREAD YOUR WINGS」をリリース、令和のメタル・シーン注目の存在として浮上してきたTHE GENIUS ORCHESTRATION。そのギタリストである伊豫田 浩平のインタビュー。

Interview by 別府 “Veppy” 伸朗
11月6日にミニ・アルバム「SPREAD YOUR WINGS」でデビューとなったTHE GENIUS ORCHESTRATION。プロデューサーにJUPITER等で活躍しているHIZAKIを迎えていることからも彼らへの期待の高さがうかがえる。今回は新時代のギター・ヒーローとして注目されつつあるに伊豫田 浩平に自らのルーツ、バンドや作品のことなど色々と訊いてみた。


カッコいいよと教えてくれたのがマイケル・シェンカー、ポール・ギルバート、イングヴェイ・マルムスティーンでした

--簡単に自己紹介をお願いします。

伊豫田浩平:
THE GENIUS ORCHESTRATIONでギターを弾いている伊豫田浩平です。21歳という若さを武器にやっていこうと思ってます。(笑)

--音楽的なルーツは?

伊豫田:
僕の父親がこういったヘヴィ・メタルが好きで、趣味程度でしたがギターを弾いていたんですよ。小さい頃からギターが近くにある環境で、僕の姉はピアノを弾いていました。僕は小学2年生からピアノを習い始めたのですが、小学5~6年生頃に飽きて辞めてしまって。その後、中学に上がる前に父親からギターを弾いてみたらと言われたのがギタリストになる切っ掛けですね。

父親的には僕が小さい頃からギターを教えたかったらしくて。僕は全く覚えていないのですが小さい頃からギターを触っていたのを父親は見てたと言ってました。ピアノを辞めてギターを少し弾いてみたら「あれ、面白いな」って感じて、父親からギターのコードやカッコいいギタリストを教えてもらって。その時にカッコいいよと教えてくれたのがマイケル・シェンカー、ポール・ギルバート、イングウェイ・マルムスティーンでした。僕は中学1年生の時にその3人が世界最強のギタリストだと思って、それは今も変わりません。インターネットとかで彼らがプレイしている映像を見たり調べたりしたら速弾きが凄くてもっと衝撃を受けて、こんなギタリストになりたいと思うようになっていきました。父親の部屋にあった「YOUNG GUITAR」誌を読み漁って、イングウェイ特集とかは絶対でした。そういう雑誌を読んでCDを借りて過ごしました。父親はWHITESNAKEが好きみたいでしたけど。

WHITESNAKEのベストとか、イングウェイの「RISING FORCE」を父親から最初に借りたと思います。曲で父親に教えてもらった中で覚えているのがMr.BIGの“To Be With You”で、メタルでもこんな(バラード調の)曲があるんだよって。イングウェイの“Far Beyond The Sun”を聴いた時はカッコよくてカバーしてみたいと直ぐに練習して弾いたりといったこともありました。

--自分で最初に買ったヘヴィ・メタル系のアルバムとか覚えていますか?

伊豫田:
中学1年になると自分で「YOUNG GUITAR」誌を買っていて、その時にマーティ・フリードマンが表紙の号があったんですよ。その時に彼がCDインストのアルバムを出していて、白黒の彼の顔がジャケットの「BAD D.N.A.」ってタイトルの作品でした。その前にも買っていたものはありましたが、メタルとなるとこれが最初になるかと。楽譜とか探してもなかったので、耳コピして分からなければ父親にも教えて貰って一生懸命このアルバムをコピーしていました。
     伊豫田 浩平<g>

--バンド結成したのはTHE GENIUS ORCHESTRATIONの前身になるGENIUSが最初ですか?

伊豫田:
友達とコピー・バンドをやっていましたが、僕の友達で往年のメタルを聴いている人がいなかったので、流行っていた曲、例えばcoldrainとかをコピーしていました。僕もメタルだけじゃなくて、そういったバンドも好きでしたし。その後にオリジナルをプレイするバンドを始めて。曲も皆で作ってで、それが高校2年生の頃です。GENIUSは2バンド目になって、東京に来てから結成しました。

--それは東京で一旗揚げようと思ってですか?それとも自然の流れで?

伊豫田:
それもめぐり合わせがあってなんですよ。僕は愛知県出身なのですが、高校を卒業したら名古屋のMI JAPAN(注1)に行こうと思っていました。その名古屋校の校長先生に相談とかしていたのですが、高校卒業と同時に名古屋校の全日コースがなくなってしまうと。それでどうしようとなって、東京、大阪、福岡なら全日コースが残っているよと教えてくれて。名古屋の他の音楽学校も色々と調べたのですがどうもしっくりこなくて、だったらMI JAPANの東京校に行こうと決めました。両親に相談して、二人とも音楽をやることに理解があったので背中を押してくれたのは嬉しかったです。

計画していたことがあって、まず1年目は学校でアンサンブルや音楽理論をみっちりと勉強して自分の今後の蓄えにしようと。2年目になったら曲を書いてバンドを始めようと考えていました。2年目にタイミングよく学校のカリキュラムで「オリジナルの楽曲を書いてメンバーを集めてバンドを組む」というのもがあって、学校でその成果を披露して先生にアドバイスを貰うというものでした。参加自由で強制ではなかったのですが、僕はこれはと思って今も一緒にやっているボーカリストの可嵩に声をかけました。彼とは学年が違って、一つ彼が上でしたが、それが切っ掛けでバンドを始めました。その時は外でやるだけの実力はないし、校内で腕を磨いていこうと学校外では活動しませんでした。先生もかなり辛口で校内でやっていてもあれこれとダメ出しばかりだったのでバンドを煮詰めていって。

学校を卒業する2か月前に学校の外でライブをやる機会が出来て、そこで初めて(ライブを)やりました。最初は学校のプログラムでしたが、学校の中で終わらせようとは思っていなかったし、自分が生涯をかけてやるバンドを東京で組みたいと思っていたからその切っ掛けになったと思います。音楽の専門学校でしたが、往年のハード・ロックやヘヴィ・メタルが好きで歌えるって人が少なくて、その中で可嵩に出会えたのは嬉しかったです。

(注1)学校法人ESPが運営するミュージシャンを育成する専門学校。

--そこでメタル・バンド以外を組む気はなかったですか?

伊豫田:
(スッパリと)なかったですね。でも、学校で組んだ時もベーシストとドラマーは「メロディック・スピード・メタルはちょっと…」という感じでやりたくなかったみたいでしたし。リズム隊としてはそういったジャンルだとシンドイと。ドラムならツイン・ペダル全開で叩かないといけない、ベースなら16符ばっかりで。最初は今流行っていそうな重めの曲とか、モダンなメタル風な曲も書いていました。でも、自分が作っていくと自然とルーツに戻っていって、そういった曲から離れていってしまうんですよ。作曲作業のスピードも違って、すんなりと出てくるのがメロディック・スピード・メタル調の曲で。他のメンバーに色々なタイプの曲を作って聴かせても、やっぱりメロディック・スピード・メタル調の曲が一番良いとも言ってました。

最初はバンドをやっていくということで路線にほんの少し迷いもありましたが、そういったこともあってビシっと方向性も決めました。その学校内ではベーシストとドラマーは正式メンバーでしたが、校外で活動を始めた時は可嵩と二人で始めた形です。校外で活動となると自然と時間もお金もかかってくることになるし、そこでどうだとなった時にリズム隊の二人は「ちょっと…」となって。モチベーションが低い人を無理やり一緒にやってもお互い悪い結果になると思ったので、やる気のあった可嵩と一緒にバンドを続けていこうと決めました。昔と違ってメンバーがいないから活動出来ないこともないと思っていたし。楽曲があって一緒にやってくれるメンバーが他に一人でもいてくれたら、僕はやっていけると考えてもいたので。ライブだったらその時に参加してくれるベーシストなりドラマーに頼めば成立するので。校外での活動を始めた時から今までそんな感じでバンドは続いています。

            阿部 可嵩<vo>

 

僕達若い世代が新しい風を吹かせたいです


--最初のバンド名をGENIUSにしたのは?

伊豫田:
校内でバンドを組もうってなった時にグループLINEでバンド名候補をどんどん上げていこうって。僕は印象に残り易いので一単語で濁音が入ったのがいいなと、濁音って強そうなイメージもあるし。(笑)そんな安易な考えでしたが、そこに「GENIUSって名前はどう?」ってなって響きも良かったので決めました。そして最近改名して長くなりましたね(笑)

--なぜTHE GENIUS ORCHESTRATIONに改名したのですか?

伊豫田:
GENIUSって単語だとインターネットで検索した時に引っ掛かりにくのですよ。ライブを見て気になってくれて、その人が調べてみようと思ってもなかなか僕達の情報まで辿り着けないことも多くて。新たにレーベルにお世話になることになって、そういったことは避けたいなと。唯一無二とは言いませんが、どこにも被らない名前にしたくて。それでいてGENIUSって名前を残しつつ音楽性もバンド名に出せたらなと考えて、今回リリースする作品をプロデュースしてくれたHIZAKIさんにも相談して最終的にこのバンド名に決めました。SNSがここまで広がっている世界だと一単語のバンド名ってプロモーションしていく上で検索ワードとして造語以外は難しいと思います。

--確かに私も今回インタビューする資料としてGENIUSで検索してもなかなかヒットしませんでしたね。

伊豫田:
ですよね。これだけインターネットが発達した世界だとこれはプレスにはならないかなと。曲にもよりますが今回作った曲のタイトル・トラックがシンフォニックだったし、そういったメタルが僕も好きだったので、『ORCHESTRATION』って単語はバンド名にしっくりくるかなと。そのバンド名から音楽性を連想してくれたら嬉しいですしね。名前が変わったからって音楽性が変わるとか、GENIUS時代の曲をプレイしないってわけではありませんし。

--普段はどんなバンドとライブをやっていますか?

伊豫田:
HIZAKIさんと知り合うまでは同年代に僕達みたいなバンドがいないので、メロディック・メタルだけのイベントはありませんでした。同年代とかだと他の出演バンドが全部メタルコアっていうのもありました。主催の人からはメタルと言われて出演しても僕がイメージしているメタルとは違った感じのイベントということもありましたね。そういったのも嫌いじゃないのですが、やっぱりしっくりこなくて出演するバンドを気に掛けるようにはなりました。同年代に同じ音楽性のバンドがいないのは寂しいですが、ポジティブに考えたら「こんな若い子がコテコテなメタルをやっている」って話題になることもあるんじゃないかと。

渋谷のCYCLONEやGARRETのブッキングに始まって、渋谷メタル会ってコミュニティにも関わる様になったのも大きかったですね。それでSEX MACHINGUNSやTHOUSAND EYESとか先輩バンドに交じって「渋谷メタル会フェス」(2019年4月29日開催)に出演させてもらったのは嬉しかったです。

初めて学校外でライブをやったのがそのCYCLONEでの兀突骨主催のTYRAT OF MARYのツーマンだったんですよ。実は兀突骨の円城寺さんがMIのギターの先生で、ライブハウスを紹介してくださいって言ったらこういったツーマンやるからオープニングやりなよって。それがイベントの2週間前でバタバタと出演した覚えがあります。そこでCYCLONEのセイキさん(注2)とも話して興味を持ってくれて、それが始まりだと思います。兀突骨の秋田さんがサポートで叩いてくれるようになったのもそれが切っ掛けになりました。今回の作品でも秋田さんが叩いてくれて、キツキツのスケジュールで大変でしたが作業が早くて驚きました。

近い世代でもメロディック・スピード・メタルがいなくてもパワー・メタルとかスラッシュ・メタルは少なからずいるので、そういったバンドとは何かやっていきたいです。そういったことをやるのに渋谷メタル会は大きいですね、そこで繋がったバンドも多かったので。僕達若い世代が新しい風を吹かせたいです。

(注2)COCOBATのギタリストでもある。

2018年2月 ライブハウスデビューとなった渋谷CYCLONEでのライブ風景
--正式なベーシストとドラマーは欲しいですよね?

伊豫田:
メロディック・スピード・メタルをやっていて、しかも二人のユニットとなると唯一無二ではあるのでこれはこれで面白いと思います。と言ってもバンド形態になったらまた違った風景が見えるかなとも思っているので。前向きにやってくれる人がいたら是非話をしてみたいです。キーボードも入ったらもっと世界観も変わるんじゃないかなともぼんやり想像してもいます。今はユニットの面白さもあるのでこれでやっていますが、先はどうなるかですね。


デビュー作に影響を受けたものを入れたかったんですよ。どういった反響があるか楽しみでもあります

--今回リリースするミニ・アルバム「SPREAD YOUR WINGS」について色々と語ってもらおうと思いますが、オープニングのタイトル曲は今までのGENIUSの流れにあるかなと感じました。

伊豫田:
そう感じてくれたら嬉しいです。メロディック・スピード・メタルの王道路線ですね。名前を変えてのデビュー作となればバンドのアイデンティティをビシっと出した曲でインパクトを与えて音楽性を浸透させたかったので。「分かりやすいメロディック・スピード・メタル」ってことを念頭に置いて作曲しました。新たにレーベルも決まって世界に羽ばたけたらというポジティブな意味で歌詞や曲名も意識しました。「前向いて歩いていこうぜ」って(笑)

--2曲目の“Never Ending Future”はバンド名と絡めてなのかオペラチックな印象を受けました。

伊豫田:
この曲は少し前からある曲なのですが、アレンジを重ねて今の形になりました。今まで聴いてきた曲で「この曲にクワイアあったらもっとカッコイイな」って思うこともあったのですよ、特にシンフォニックな曲をプレイするバンドとかで。ライブとかでクワイア入れたアレンジで披露していたりした時もカッコいいと思うことが多かったし。自分の中でメロディック・スピード・メタルだけでなく、そういったシンフォニックな面も加えていったら面白いと考えてもいました。重めのダークなメタルとシンフォニックを組み合わせたものをやったら面白いだろうなと、それでこの曲を作りました。最後にチェスト・ボイスでオペラチックに歌ってもらいました。

--ギターのことは言わないのですか?この曲は弾きまくってますよね(笑)

伊豫田:
これはかなり弾いてますね、大変なんですよ。(笑)この曲って少し前からあると言ったじゃないですか。今までライブでプレイしていたバージョンとこの作品に収録しているバージョンは曲の長さは一緒なのですが、中身の構成が違うのですよ。HIZAKIさんに色々と相談して、このパートは間延びしているとか、ここはもっと盛り上げた方がいいとか客観的にアドバイスしてもらって。その流れでギター・ソロの話にもなって、ライトハンド、タッピング、スイープ等々あらゆる奏法を駆使して弾きまくってます。

それでこれは誰かを否定したりディスるわけではありませんが、速ければってだけにもしたくなかったんです。例えば同じ16符が8小節並んでたとしても、聴かせ方とか音の並べ方、バックの兼ね合いのバランスもありますが、聴いてくれる人を飽きさせたくなかった。メロディを大切にもしたかったし、弾きまくった中にも起承転結を盛り込みたかったんですよ。この楽曲は弾きまくっていますが、そういったところにポイントを置きたかったです。

--“Be Awake”は少しメタルコア的な曲調ですね。曲の流れも、可嵩さんの唱法も。

伊豫田:
この曲はこの作品を作っている時に出来た曲ですね。今の子も入りやすい曲があればいいかなと思って。これまで僕たちはシンコペーションの曲がなくて、それを盛り込んで少しモダンでノリの良い楽曲にチャレンジもしてみようと。それがこの曲になりました。ボーカル録りの時にHIZAKIさんがディレクションで来てくれて、こういったモダンな歌い方はどうだろうってアドバイスをしてくれました。メロディックなものはちょっとという人にとってはキャッチーに捉えてくれるんじゃないでしょうか。

--“Evils”はもしかしたら可嵩さんを軸にした曲かなと思ったのですが。

伊豫田:
全ての曲は僕がまず考えてアウトプットしているのですが、この曲はスラッシュっぽいリフでコード進行はハーモニック・マイナーでクサさを出しました。それでいてネオクラ要素も取り入れたくて、それを形にしました。

--スラッシュっぽいということで可嵩さんがパワフルに歌っているので、先に言ったことを感じたのかもしれませんね。

伊豫田:
歌唱法についてはレコーディングやプリプロの時に出てきたアイデアを合わせてこうなりました。こんな歌い方も出来るよと。ハイトーンも出てチェストも出て、こんなパワフルな声も出るよって。そういった彼のバリエーションも作品の中で色付け出来たらなって。この曲は実は作品にはなっていないだけで昔からある曲で、歌い方にしろ他の部分でもかなり昔と印象が違うと思います。

この曲だけじゃないのですが、最初の頃とは違う印象の曲が僕達には多いと思います。この曲だって最初はそんなパワフルなスタイルでは歌っていませんでしたし。レコーディングの時に色々とアイデアを出して、可嵩がそれに応えてくれてでグッと印象も良くなって完成しました。

--ラストの“A Far Of Distance”は作品を締めるのに相応しいドラマチックな曲ですね。

伊豫田:
作品の中に1曲メロウなものが欲しくて作った曲ですね。ギターも哀愁タップリに弾いてます。そしてギター・ソロの最後に…。

--マイケル・シェンカーですね(笑)

伊豫田:
そうです。(笑)これは敬意を込めたくてオマージュとして弾きました。最初は本当に一部だけだったんですが、HIZAKIさんから「最後まで突っ走っちゃえよ」とアドバイスを受けてガッツリと最後まで弾きました。父親から最初に教えてもらったギタリストで、尊敬していて今でも影響を受けていますから。そういったことでこのデビュー作に影響を受けたものを入れたかったんですよ。どういった反響があるか楽しみでもあります。

--これはビックリしましたよ。最後にこんな驚きがあるのかって。(笑)正直このインタビューをするまでマイケル・シェンカーという引き出しもあるとは思わなかったので。

伊豫田:
歌唱法についてはレコーディングやプリプロの時に出てきたアイデアを合わせてこうなりました。こんな歌い方も出来るよと。ハイトーンも出てチェストも出て、こんなパワフルな声も出るよって。そういった彼のバリエーションも作品の中で色付け出来たらなって。この曲は実は作品にはなっていないだけで昔からある曲で、歌い方にしろ他の部分でもかなり昔と印象が違うと思います。

この曲だけじゃないのですが、最初の頃とは違う印象の曲が僕達には多いと思います。この曲だって最初はそんなパワフルなスタイルでは歌っていませんでしたし。レコーディングの時に色々とアイデアを出して、可嵩がそれに応えてくれてでグッと印象も良くなって完成しました。

--ラストの“A Far Of Distance”は作品を締めるのに相応しいドラマチックな曲ですね。

伊豫田:
作品の中に1曲メロウなものが欲しくて作った曲ですね。ギターも哀愁タップリに弾いてます。そしてギター・ソロの最後に…。

--マイケル・シェンカーですね(笑)

伊豫田:
そうです。(笑)これは敬意を込めたくてオマージュとして弾きました。最初は本当に一部だけだったんですが、HIZAKIさんから「最後まで突っ走っちゃえよ」とアドバイスを受けてガッツリと最後まで弾きました。父親から最初に教えてもらったギタリストで、尊敬していて今でも影響を受けていますから。そういったことでこのデビュー作に影響を受けたものを入れたかったんですよ。どういった反響があるか楽しみでもあります。

--これはビックリしましたよ。最後にこんな驚きがあるのかって。(笑)正直このインタビューをするまでマイケル・シェンカーという引き出しもあるとは思わなかったので。

伊豫田:
実は哀愁漂う泣きのギターも大好きなんですよ。自分の中のレパートリーとしてこういったものもあるんだよって、ルーツとしてあるんだよって。それを作品の中でスッと組み込めたのは素直に嬉しいです。それも聴きどころだと思いますし、それが良い反応であれば嬉しいですね。(少し声を大きくして)敬意をかなり込めてますから。

2019年5月 渋谷CYCLONE主催イベント時の風景

これからの活動や世界に羽ばたいていく姿をその目に焼き付けてくれたら嬉しいです


--今回レコーディングした中で印象に残っていたり、大変だったりということはありましたか?

伊豫田:
自分のことになってしまいますが、パワーコード一つ弾くにしても集中していたので、レコーディングを通して一音一音しっかり向き合ったことが印象に残っています。自分が弾いた音が今後も残っていくわけじゃないですか、レコーディングだと自分たちはこんなもんなんだと思われてしまう可能性もありますから。音に対する取り組む姿勢とか、ギター・ソロだったらバックに対してどうやって録るかということを凄く考えました。タイトなリズムの中にも前後ろがあったり、泣かせ方とか、お客さんにギターが歌っているように聞こえてもらうにはどうしたらいいかとか、自分のスキルに対して今回のレコーディングでは真正面から集中することが出来ました。レコーディングは大変でしたが、自分のスキルアップに繋がることがたくさん出てきて、それを踏まえて今は練習しています。作品を作り上げる作業だけでなく、個人を見つめるって作業もあったのが大きかったですね。

ギターを知り尽くしていたらもっとボーカルのディレクション活かせるんだなってこともありました。それはHIZAKIさんがボーカルのディレクションの時にも来てくれた時に感じたことで、言葉でも単語ごとにトーンを変えたりとか、メロディに対する声の当て方、マイクとの距離で抑揚付けたりとか。僕はギタリストでボーカルのことに対しては畑が違うと思っていたけど、HIZAKIさんのアドバイスを受けて可嵩のボーカルがガラっと変わっていったのが印象的でした。そういったディレクションを見て、こういったアドバイスが出来るんだというのが驚きで、そういったことが僕も出来たらギターにも活かせて客観的にアプローチしていけると思いました。それで、たった一音に対しても上から当てたりや下からチョーキングしたりとか、色々な発想が生まれるんじゃないかと。可嵩は僕からもHIZAKIさんからも色々と注文されて大変そうでしたけど。(笑)今までやってこなかった歌唱法も使って試行錯誤していたレコーディングでもあったので。でも、それがハマって凄く良い作品になったと思います。

あと今回STUDIO PRISONERってところでレコーディングしたのですが、そこのエンジニアのヒロさんのアドバイスも大きかったです。ヒロさんはMETAL SAFARIギタリストとして活躍されていた方で、彼のパッションがこの作品に与えたのも多かったと実感してます。凄いこだわりのあった方だったのでそういった点でも今回のレコーディングは勉強になって面白かったです。僕、HIZAKIさん、ヒロさんで機材はどれがいいんだろうなんてギタリストが揃ってオタクな話をしたのは本当に楽しかったです。

--HIZAKIさんの名前が何度も出ていますが、今回のレコーディングでギタリストとしてHIZAKIさんとの作業の中で気が付いたポイントはありましたか?

伊豫田:
作曲面のことが大きいですね。デモ段階の曲をHIZAKIさんに聴いていただいた時に「ボーカリストのブレスするタイミングを考えてる?」と言われた時にハッと気が付かされました。僕はそういったことを考えていなかったので。これまでデモが殆ど完成バージョンだったのですが、今回HIZAKIさんに聴いていただいた後にアドバイス受けたのが自分の楽器以外の部分だったことが本当に勉強になりました。勿論、僕のギターに対してもアドバイスはありましたが、ドラムに対するアプローチ、ボーカルのメロディライン、ブレスの作り方、楽曲の無駄なところを指摘されたりといったことが本当に勉強になりました。

JUPITERのライブにも行く機会も増えて、ライブでのステージングやお客さんの盛り上げ方とか勉強させてもらっています。ライブって音源通りにやっても面白くないと僕は思うのですが、JUPITERみたいな見せ方が出来たらなって憧れもあります。メンバーの皆さんのどの場面を切り取ってもカッコいいなって思わせるし。細かいことまで言ったらキリがないですが、レコーディングもライブでも凄いなって思うことが多いです。

--そんなHIZAKIさんと知り合う切っ掛けは何だったのですか?

伊豫田:
HIZAKIさんがZenorecordsってレーベルを始めて、若手で面白いバンドを探しているって噂を耳にして。そんな時にJUPITERのカメラマンが僕達のSNSを偶然チェックしてくれて紹介してくれたみたいなんですよ。ライブの時にそのカメラマンの方、HIZAKIさんとマネジャーさんがライブに行きますと連絡してくれたのですが、それが突然だったのでビックリして。そのライブは1年位前で、それが切っ掛けでライブ終了後にHIZAKIさんと会って挨拶したのが初めてです。そこからHIZAKIさん絡みのライブにも行って勉強するようにもなって。それで自分達のリリースに自然と話が流れていってスケジュール組んで今に至るって感じです。

2019年9月 新宿WILDSIDEに出演時のライブ風景

--プレスリリースに「新時代のギター・ヒーロー」とあることについてどう思いますか?

伊豫田:
素直に嬉しいですね。(笑)僕は中学生の頃から、先に名前を挙げたマイケル・シェンカー、ポール・ギルバート、イングウェイ・マルムスティーンに様なギター・ヒーローになることが夢だったので。世界に通用する日本を代表するギタリストになるんだって信念を昔から持ってます。ギターを始めてまだ10年ですが、それは変わらず根っこにあるので。だから、「新時代のギター・ヒーロー」って言葉になっているのを見ると、グッときて嬉しいです。それと同時に背負っていくものも多いなと。その肩書に劣らないことを見せていかなければならないので。でも、それはプレッシャーにはなってはいないですよ。

--そういったことも踏まえてTHE GENIUS ORCHESTRATIONでやっていきたいことはありますか?

伊豫田:
夢は大きく武道館のステージには立ってみたいです。(笑)海外ツアーもしたいですし、個人的なことではESPとエンドースしたいです。ギター・ヒーローになることとESPのエンドースというのは2つセットで信念としてあるし、(キッパリと)やり遂げます。

--最後に一言お願いします。

伊豫田:
僕達が新時代を切り開くメロディック・スピード・メタルになるので、これからの活動や世界に羽ばたいていく姿をその目に焼き付けてくれたら嬉しいです。

THE GENIUS ORCHESTRATIONよりインタビューを読んでくれたファンの皆様へのメッセージ
THE GENIUS ORCHESTRATION「Spread Your Wings」 MV Full
THE GENIUS ORCHESTRATION
「Spread Your Wings」


2019年11月6日発売
zenorecords ZRGO1901

<収録曲>
1.Spread Your Wings
2.Never Ending Future
3.Be Awake
4.Evils
5.a far of distance
 
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