ナレーションはメタラーにまかせろ Vol.6 「追悼 アンドレ・マトス~ブラジルにまつわるエトセトラ~」

アンドレ・マトスよ、安らかに…。希代のヴォーカリストを生んだブラジルとTVナレーターとの意外な接点とは!? 「追悼 アンドレ・マトス~ブラジルにまつわるエトセトラ~」
令和最初の梅雨入りを迎えた6月初旬、アンドレ・マトスの訃報が届いた。享年47歳。その若すぎる死に、日本列島各地でWHITESNAKE“Crying In The Rain”が流れたことだろう。ほぼ同世代だっただけに、誠に残念でならない。巧みなファルセットを駆使したハイトーンボイスを武器に、美しくも激しく歌い上げ、多くのファンを魅了した。

そんな彼はIRON MAIDENの次期ヴォーカリスト最終選考3人に選ばれたひとりでもある。1994年に実施されたオーディションにおいて、カナダ出身のジェイムズ・ラブリエ(Dream Theater)、イギリス出身のブレイズ・ベイリー(WOLFSBANE)という、英語圏出身のヴォーカリスト二人と、IRON MAIDENのフロントマンの座を争った、ポルトガル語圏のヴォーカリストだ。同郷のSEPULTURと共に、ブラジリアン・メタルに“Carry On精神”を抱かせてくれた功労者のひとり、とも言えるだろう。
ブラジリアン・ドリームといえば、2013年、ネイマール選手が21歳でFCバルセロナへの移籍が決定した際の特番ナレーションを担当させていただいたことがある。その番組のタイトルが『サッカー王国ブラジルの至宝ネイマール 夢の舞台バルセロナへ』だった。残念ながら『ブラジルの至宝アンドレ・マトス 夢の舞台アイアン・メイデン』とはならなかったが、IRON MAIDENのメンバーも認めたアンドレの存在は、瞬く間に世界に広がり、遂には、同郷の盟友にして元バンドメンバーのキコ・ルーレイロがMEGADETHのギタリストに選ばれることになる。映画『ブラジルから来た少年』を引用するならば、“ブラジルから来たプレイヤー”の先駆けがアンドレ・マトスとなるのかもしれない。

ブラジルの人、聞こえますかー?
1994年のIRON MAIDENオーディションから、2015年のキコのMEGADETH加入までの10年間、ブラジル国内は激動の時代だった。1995年~2003年のカルドーゾ大統領政権下で雇用の不安定化が生まれ、所得格差が深刻化する。映画『シティ・オブ・ゴッド』でも話題となった貧民街“ファベーラ”のような街も生まれた。その後、労働者出身のルーラ大統領が2004年に就任。貧困撲滅と積極的な外交により、ワールドカップやオリンピック誘致に成功する。

そんな南米大国ブラジルの激動の国内を捉え続けてきたブラジルのテレビ局「テレビレコード」のお仕事をさせていただいたことがある。2016年のリオ・オリンピック開幕に向け、ブラジル人が多く住む日本への進出を目的としたプロモーション映像の仕事だった。
ブラジルと繋がりのあったTVナレーターである私が、故アンドレ・マトスの存在を知ったのは、1996年の大学時代に友人に録音させてもらったVIPERの『Theatre Of Fate』であった。オリジナルは1989年で、日本盤のリリースは2年後の1991年。この名盤が上陸した瞬間をリアルタイムで体感することが出来なかったのが悔やまれる。
この『Theatre Of Fate』、TVナレーター的注目ポイントは、MÖTLEY CRÜE『Theatre Of Pain』同様に、「Theater(シアター)」が、「Theatre」のスペルとなっている。正確には「Theatre」は、“シアター”ではなく“テアトル”なのではないかと、TVナレーター的には気になってしまう。

振り返れば、我々昭和生まれにとって思い出深い映画館は、「テアトル」、「オデヲン」、「パンテオン」、「ピカデリー」、「スカラ」、「キネカ」といった映画館の館名。改めて解説するならば「オデヲン」はギリシア語での劇場、「パンテオン」または「パルテノン」はローマ皇帝期の神殿、「ピカデリー」はロンドンに存在する通りの名前、「スカラ」はミラノの歌劇場、「キネカ」または「キネマ」は映写機”キネマトグラフ(シネマトグラフ)”。そんな昭和の思い出により、「Theatre」を"テアトル"と読みたくなる自分がいる。

誤植じゃないのよアルファベットは
このような英語やアルファベットのカタカナ読みは、ナレーターを迷わすことが多い。

思い浮かぶ例としては「Entertainment」。“エンターテイメント”か“エンタテインメント”で、収録スタジオで議論がしばし起こるのだが、前述でご覧いただいた『テレビレコード』のプロモーションVTRでは“エンターテイメント”だった。しかし多くの現場では“エンタテインメント”が好まれている。

これはQUEENSRYCHEは、“クイーンズライチ”、“クイーンズライク”、THIN LIZZYのPhil Lynottは、“フィル・リノット”、"フィル・ライノット"、DREAM THEATERのJohn Myungは、“ジョン・ミュング”、“ジョン・マイアング”といったメタル読み方あるあるに繋がるだろう。
改めてこの「シアター」を調べてみると、イギリス英語は“Theatre”、アメリカ英語では“Theater”のようで、「ブロードウェイ・ミュージカル」の本場ニューヨークでは、ブロードウェイに建つ劇場は、「Theatre」のスペルにしている。これは、シェイクスピアの出身であり、演劇発祥の地であるイギリスに敬意を払い、イギリス英語にしているそうだ。改めて『Theatre Of Fate』の裏ジャケを見ると、劇場のステージのようなイラストが描かれており、そのステージ中央には血染めのノートがあり、組曲『ペール・ギュント』にインスパイアされた、SAVATAGE『Hall Of The Mountain King』のジャケットにも通じるものがある。
1960年代末に誕生したと言われるヘヴィ・メタル。およそ50年の歴史の中で、不慮の事故により若くして他界してしまった名プレイヤーがいる。ランディ・ローズ、享年25歳(活動期間1977年~1982年)、クリフ・バートン享年24歳(活動期間1983年~1986年)。HR/HMのヒストリーにおいて、二人の生涯はあまりにも短すぎた。しかし彼らが遺したインパクト、後世に与えた影響力は、いまもなお生き続けている。現在も活動しているが、VIPERのアンドレ在籍期間はわずか2年間であった。傑作『Theatre Of Fate』は残念ながらアンドレの遺産となってしまったが、自分にとってベストの1枚である。

ありがとう、アンドレ・マトス…。

調べてみたところ、今年の「中秋の名月」は9月13日だが、満月を迎えるのは翌日、彼の誕生日の9月14日だという。

R.I.P. Andre Matos
この記事についてのコメントコメントを投稿

この記事へのコメントはまだありません

クイーン全曲ガイド2 ライヴ&ソロ編

クイーン全曲ガイド2 ライヴ&ソロ編

1,760円
クイーン全曲ガイド

クイーン全曲ガイド

1,650円

RELATED POSTS

関連記事

記事が見つかりませんでした

LATEST POSTS

最新記事

記事が見つかりませんでした

ページトップ