タイのメタルにエールを 第2回

アジアのメタルシーン
アジアのロック探検家、小笠原和生氏による好評連載第二回。今回もより深くタイ産メタルを追いかけております。

絶滅危惧種、メロディック・メタルを守護せよ

日本のメタル愛好家の感覚からしたら少々理解に苦しむかも知れないが、21世紀のタイでは日本ほどメロディを重要視した国内の正統派ヘヴィ・メタル・バンドが注目されづらい、さらには、そのようなバンド自体が非常に少ないように見受けられる。近年になってからもいくつかの若い芽が顔を出したもののアルバムを実らせるに至ったのはごくわずか。現在も順調に活動を続けていくのは容易ではない状況が続いている。

MELODIUS DEITE

まずは、ここ日本でもメロディック・スピード/パワー・メタル愛好家の間で長年話題になっていたのがMELODIUS DEITE。

ANGRA、SYMPHONY X、RHAPSODYといったバンドに触発されて2007年にMELODIUSとして結成。それまで、この手のサウンドをアルバムに1、2曲収めるバンドは存在したけれども、徹底したのはNATHANIAの『Liberty Bell Rang』(2004年)が最初だったかもしれない。しかし、このMELODIUS DEITE(2012年頃に改名)は影響を受けたバンドからも容易に想像できるように、さらにファンタジックかつシンフォニックに傾倒したスタイルが特徴。

ある日、古びた図書館で見つけた一冊の古書。そこには名も知れぬ人物によって綴られた物語があり、読み手(リスナー)は、その世界を旅する形で国や時代さえも超越した不思議な話の中に飲み込まれていく。しかもそれは読めば読むだけページが増えていく神秘的な本。つまり、旅は終わることなく物語は無限に紡がれていくのである。

彼らはこれまで、このコンセプトでフル・アルバムを3枚発表してきた。そしてそのサード・アルバムとなる『Episode III : The Archangels And The Olympians』が日本盤として2018年5月23日にSPIRITUAL BEASTから発売となっている。

大きな変化としては、国境を超えてブラジル人ヴォーカリストLean Van Ranna(A TASTE OF FREEDOM、AURYAH、FIONN LEGACY、MASTERFUL)が新たに加入。大作志向だった前作に比べ、今回の作品では、よりわかりやすくメロディック・スピード/パワー・メタルのエッセンスを凝縮し、殆どの曲を5分程度の尺で揃えてきた。

物語はアルバム・タイトルから推察できるかもしれないが、Biggieの創作と宗教、神話を織り交ぜた世界へと突入し、これまで以上にスピーディでアグレッシヴな楽曲を用いて大天使たちの戦いを描いている。けれども、ただ勢いまかせで突っ走るのみならず、まるでMANOWARにおける「Achilles, Agony and Ecstasy in Eight Parts」のように長尺で情景を描くスタイルの「Genesis Of The 13 Olympians (War Deities)」(23分!)というシンフォニックでアヴァンギャルドな曲で本編を閉じるのだ。このような部分に革新的な精神を併せ持つMELODIUS DEITEの姿が伺える。

そして日本盤発売から半年後。ついにバンドは2019年1月26日大阪、27日東京と来日を果たすことになった。今回の公演では新加入のヴォーカリストLean Van Rannaではなく、前任者のタイ人Akeを起用し、100%タイのバンドという形での来日。タイ人らしい声質と力んだ時にAndre Matos(SHAMAN、元ANGRA)のようになる高音、終始微笑みを浮かべる暖かな雰囲気が印象的だったが、やはり、危な気なく滑らかにクラシカルな速弾きを披露するギタリストBiggieの華麗なテクニックには誰しもが目と耳を奪われていた。

バンドの中心人物でバンドのほぼすべてを取り仕切るBiggieによれば、日本から帰国後は4枚目のアルバムの制作に取り掛かるということだ。

タイではこのようなメロディック・メタル・バンドのサポーターは少なく活動を維持するのはかなり困難だと聞く。しかし、そんな逆境においてもMELODIUS DEITEは非常に意欲的に、そして良質な作品を生み出してくれるとても貴重なバンドである。

もはやタイ・メロディック・メタル界の守護神と呼ぶべき存在だ。

MELODIUS DEITE「Saint Raguel」

日本盤も発売となった『Episode III : The Archangels And The Olympians』から。

VICTORIUM

来日経験があるといえば、このVICTORIUMもそう。NATHANIAのギタリストを師と仰ぐPeast(ギターとヴォーカルを兼任)が2010年に立ち上げたメロディック・パワー・メタル・バンドだ。

2011年に『Ashes Remain』EPでデビュー、2013年にはNE OBLIVISCARISのバンコク公演時の前座のひとつにも起用され、フル・アルバム『Arise』を2015年に発表。

運命に翻弄されて諦めかけている人を励ますポジティヴなメッセージと、SYMPHONY X、DRAGONFORCE、SEX MACHINEGUNSに影響を受けたPeastのメロディアスなギター・スタイル。その希望に満ちた曲調は日本のメタル・マニアの感性を刺激し、2016年に見事来日と相成ったのだ。

けれども残念なことに、メンバーの多忙さや方向性の相違などが原因となって、来日公演以降の活動はほぼ停止。事実上の解散となってしまう。

VICTORIUM「Life And Fireworks」

セカンド・アルバムを制作するつもりで作っていた新曲。
「やれるだけやってやるぜ!」とメッセージを残してこのバンドは解散してしまうのだが……
Peastは本当にやり続ける男だったことが後に証明される!

BLAZIOUS

そう、Peastのメロディック・パワー・メタルにかける情熱の炎は潰えなかった!

彼はバンコク在住ではあるが、2016年にタイ北部の都市チェンマイのミュージシャンと組んだBLAZIOUSなるバンドでシーンに復帰してきたのだ。

ツイン・ギターを活かしたメロディック・パワー・メタルであり、やはりこちらのバンドもPeastの求める色合いが濃厚で、ANGRAからGALNERYUS、VERSAILLES、GUNBRIDGE、SEX MACHINEGUNS、X JAPANといった日本のバンドの洗礼をより強く受けているのは明白。

ちなみに、ベーシストはPingという女性であり、COUNTERCLOCKWISEというチェンマイを拠点とするオルタナティヴ・ロック・バンドでも活動(2016年に来日も)していたが、現在そちらは活動休止中とのこと。

話を戻そう。BLAZIOUSは2018年にファースト・アルバム『With The Pride In My Soul』を発表。このタイトルはアルバム3曲目のタイトルにもなっているが、「我々は降りかかってきた問題から逃げ出すことなく、自らの魂の誇りをもってして正面から向き合うべきだ」という熱いメッセージが込められている。

さらにBLAZIOUSという名も、メンバーの信念が絶えず燃え盛っている様を意味しているという。なんと情熱的なメタル・スピリットほとばしるバンドだろうか。

ただ、バンドの音楽性としては、ガチガチのメロスピ/メロパワ一辺倒にするのではなく、プログレッシヴやポップな要素を含ませて楽曲に幅を持たせながらもBLAZIOUS流のパワー・メタルに仕立てる工夫をしている、とPeastは説明してくれた。

しかし、いくら情熱的であっても、海外ツアー、ましてや日本で彼らのライヴを体験する機会はそうそうないだろうと思っていたら、なんと、2019年5月18、19日と二日間の東京公演を行ったのである。

ギター兼ヴォーカルを担当するPeastは、顔つきも都会的だが、日本人メタル・バンドから影響を受けたようなルックスに184cmという長身でフロントマンとして見栄えのするパフォーマンス。紅一点のベーシストPingは、バンドの宣材写真だけ見るとメガネをかけていておとなしい感じに見えるのだが、ステージ上ではメガネを外し、可愛らしい顔で長い髪を振り乱してメンバーの誰よりも激しいアクションを決めていた。そして、ギタリストはアルバム制作時のBookではなく、2018年12月に加入した通称Ohという人物。テクニック的にも問題なくPeastとのツイン・リードをそつなく決めていたし、実は数年前にソロ・アルバムも発表していることから、実力もあると思われるので、今後バンドの楽曲にさらなる幅を与えてくれるかもしれない。

当然ながらまだ彼らの演奏は百戦錬磨のベテランが持つ熟れた感じはないけれども、かといって営業に徹した冷めたものでもない。それどころか、純粋にメタルを演奏することに喜びを感じているポジティヴなオーラで会場を包んでいたのが印象的だった。

バンコクとチェンマイという離れた都市の混成メンバーでアルバムを制作して積極的に勝負するこの手のバンドは非常に稀有な存在といえるだろう。燃えろ! BLAZIOUS!

BLAZIOUS「Fighting For Your Dream」

2017年に公開されたバンド初のミュージック・ビデオ。

NEVERLAND、BULLETGUYZ、SEREE LEE

もう一つ、ここ日本でもマニアの間で名が通っているのはNEVERLANDだ。

結成は2008年ということなのでMELODIUS DEITEとさほど変わらない。同じ大学の友人だったTom(ヴォーカル)とTon(ギター)の二人は昔からヘヴィ・メタルやメロディック・パワー・メタルが好きだったということで、共にNEVERLANDというバンドを結成し、「After A Storm」という曲を録音することからバンド活動は始まる。

NEVERLANDの特徴は、Tomの印象的な高音ヴォイスとツイン・ギターのハーモニーを活かしたメロディック・パワー・メタルである。しかも、「ほとんど失われてしまったタイのヘヴィ・メタルを今一度取り戻し保持するため」というのがバンド結成の動機。だからだろうか、母国語主体の歌詞に、どちらかというとモダンさや近未来的な方向ではなく、80年代や90年代のヘヴィ・メタル、ハード・ロックを基本軸にしている。

例えば、影響を受けたり好みのバンドを彼らに尋ねると、SKID ROW、WARRANT、GUNS N' ROSES、EXTREME、METALLICA、MEGADETH、STRYPER、JUDAS PRIEST、EUROPE、TNT、WHITE LION、CINDERELLA、MR.BIG、MÖTLEY CRÜE、STEELHERAT、HELLOWEEN、DRAGONFORCEといった名前が次々と挙がってくる。

もちろん、自国の偉大な先達であるSTONE METAL FIRE、HI-ROCK、ROCKESTRAにも影響を受けている。さらにTomの声質のせいもあってか、曲によってはHI-ROCKを彷彿とさせるものもあり、タイ式のヘヴィ・メタルをしっかりと引き継いでいることに頼もしさを感じる。実際、ヴォーカルのTomはHI-ROCKに一瞬関わったこともあり、ベテラン・バンドにもその歌唱と楽曲センスは認められたということだろう。

バンドは、結成後しばらくは正式な音源が出せなかったものの、2015年に『HOUSETRAP』という愛とロックな音楽生活についてを描いた短編映画にてメンバーが主役を務め、2016年には『Never Too Late』という7インチ・レコードに2015年までに録音したデモやライヴ音源を集めたCDを一緒にしたEP、そして『Before The Winner』という勝利までの戦いの道のりをコンセプトにしたファースト・アルバムを発表。本作はCD、LPとあらゆるフォーマットでプレスされ、CDとLPには日本語の帯が付けられたヴァージョンもあった。

タイのバンドはメンバーの移り変わりが激しいことが多いため、主要メンバー以外に触れていると混乱してしまうのでなるべく控えたいのだが、ここ数年の編成が面白いので紹介しておこう。

ヴォーカル:Tom Pacharawat
ギター:Bank Anurut
ギター:Man Phitaya
ベース:Kob Rangsan
ドラム:August Dila

ギタリストBankは、PRART MUSIC GROUPのOVERDRIVE GUITAR MAGAZINEが主催するギター・コンテストにてベスト・ニュー・タレント賞(14歳で!)やファイナリストに残った人物。もうひとりのギタリストManは大学でウエスタン・ミュージック・プログラムの学士号を取得し、ALPHA、SIN TONIC、VICTORIUMに在籍した人物。ベーシストのKobは現在デス/スラッシュ系のCARNIVORAとPLAHNでも活動。ドラマーのAugust Dilaは、これまでにIN VEIN、HERETIC ANGELS、最近ではMACARONI、SPLATTERED ORGASM、NARAKA(ワンマン・バンド)などで叩いているデス・メタル系のバンドで名を知られる人物だ。

こうみると、リズム隊はヘヴィな音作りが可能でギタリストには技術を認められたテクニシャンが揃っているということになる。バンドはセカンド・アルバムの発表も予定しているので、引き続きこの編成での作品を期待したいところ。

NEVERLAND「Never Too Late」

2016年の『Before The Winner』から。
現在、NEVERLANDの新作はまだ先になるということだったが、TomはSIXTY NINTHのヴォーカリストOliとBULLETGUYZというサイド・プロジェクトにて活動中だ。

このバンドの方向性は、80年代風ハードロック/グラム・メタルをコンセプトにしており、このバンドでTomはギターを主に担当している。実は彼、先に述べたOVERDRIVE GUITAR CONTESTのファイナリストに残ったほどの腕前なのだ。

Tomによれば、NEVERLANDのセカンド・アルバムの前に、まずはこのBULLETGUYZの作品を発表する予定になっているという。

BULLETGUYZ「We Wanna Rock You」 (STUDIO Teaser Video)

なお、少々余談となるが、Tomはネオクラシカル系ギタリストSeree Leeのデモで歌を入れたこともある。

このSeree Leeは、2002年から2011年まで数年おきにソロ・アルバムを4枚発表して日本でもマニアには知られた存在だったのだが、それ以降のアルバムの発表はない。実は本人曰く、音楽以外の仕事が忙しくギターをあまり弾く時間がないということで、今はYouTubeには地道にレッスン動画をアップしている状態だ。

Seree Lee「Hero Of My Soul」デモ

2016年に公開。
スペシャル・プロジェクト扱いでこのデモを録音したものの、結局このプロジェクトは中止になってしまったとか。

EURASIA、LUMINASION、AMATA

タイでは貴重なメロディック・パワー・メタルの中でも、よりアジア的というかマニアックなオーラを放っているのがEURASIA。

90年代にCLIMAX、NEVERLAND(前述したNEVERLANDとは別バンド)、INSTINCTといったバンドに関わってきたヴォーカリストJirayout Jiratanavitと、シュレッド系ギタリストとして知られ、メロディック・デス・メタルのRANCOROUSでも活動していたPop Woravitのプロジェクトだ。

その基盤は2001年前後にあったようだが、音源を発表できるようなったのは2006年からで、ファースト・アルバム『Global Eclipse』は2015年に発表となった。スラッシーで弾きまくりのギターと様々なトーンを使い分けるヴォーカルの表現力が魅力だ。

次のアルバムではよりシンフォニックでアジア的な個性を持ったメタルになるとのこと。

EURASIA「Fields Of Fire(ทุ่งแห่งไฟ)」

2015年の『Global Eclipse』から。
さらにPop Woravitは、同じ元RANCOROUSのベーシストJioと共にLUMINASIONというプログレッシヴ・メタル色が強いバンドでも活動している。

彼らは2010年にGBOB(The Global Battle Of The Bands)のタイ予選で勝ち抜き、ワールド・ファイナルに出演したことからその実力派確かだということがおわかりいただけるだろう。

まだアルバムは発表されていないが、曲作りは現在も行われており、これまでの曲を聴いてみてもDREAM THEATERやSYMPHONY Xに影響されたようなテクニカルなサウンドであることから今後の活動には注視する必要がある。

LUMINASION「Calling No Fear」

2018年に発表されたシングル。
さらにそのLUMINASIONが2018年に発表した最新シングルで歌っているのはJoey Sriglindeeという人物。

彼はAMATAというプログレッシヴ・メタル・バンドの『Revolusion』(2017年)でもヴォーカルを務めている。

この作品は近年揺れ続けるタイの政治状況に触発されたものだが、DREAM THEATER、PINK FLOYED、ANGRAなどに影響された音楽性を首都バンコクではなく、トラン県やスラートターニー県というタイ南部のミュージシャンを中心にして活動しているというのが興味深い。

AMATA「จิตสมมุติ」

2017年の『Revolusion』から。

ANGEL VENGEANCE

非常に数は少ないながら80年代的風トラディショナル・メタルの雰囲気を持ったパワー・メタルを演奏するバンドもいる。まだ結成間もないANGEL VENGEANCEがそれだ。

以前、メンバーはそれぞれにカヴァー・バンドで演奏したようだが、ヴォーカル兼ベースのStout Leeに限っては、オリジナル曲で勝負するMYSTIC ANGELというメロディック・パワー・メタルで活動していたことがある。しかし2015年くらいに解散。そこで2017年、新たにANGEL VENGEANCEというバンドを立ち上げるに至ったのだ。

バンドはまだアルバムを発表しておらず、YouTubeにシングルをアップするのみだったが、2018年11月に北海道と東京でライヴを行っている。

現在はアルバムの制作も行っており、順調にいけば2019年内にアルバムが発表される可能性もあるという。

ANGEL VENGEANCE「Unite」

2018年に発表されたシングル。

8TH FLOOR

ここで女性をフロントに据えたロック・バンド、8TH FLOORも紹介しておこう。

結成は2006年。アパートの8階でメンバーが出会ったという理由からこのバンド名に決定したという……。

それはさておき、ひょっとしたら日本のメタル・ファンの中には彼らをゴシック系の範疇に入れている人たちもいるかもしれない。実際にゴシック・メタル的な曲もあるので、それはそれで間違っていない。けれども、本人たちは"ロック・バンド"であり、ゴシックとかメタルとかに縛られず、実験的で新しいことに挑戦していきたいとのこと。

ただ、『サイレントヒル』や『28週後...』などの暗くて美しい音楽のホラー映画やゲームなどを好んでいるので、やはりバンドの醸し出す雰囲気を総合するとそっち系なのではないかと思ったりも……。

バンドはこれまで『My Gondola』『Nesting Dolls』『Maya』と3枚のフル・アルバムを発表してきたが、女性ヴォーカリストであるSign以外のメンバーは流動的。最近はあまり目立った活動をしていないものの、近い将来、シングルを発表したいという意志は持っている。

なお、数年前はEBOLAのヴォーカリストAeやSILLY FOOLSのヴォーカリストBenを起用した曲を発表して注目を集めたことも。

8TH FLOOR「Who Am I」

2014年に発表されたシングル。
当時SILLYFOOLSのシンガーだったBenをフィーチャー。メタルな曲ではないが、しっとりとしたメロディが映える。

ANATTA

女性ヴォーカルということなら、ANATTAというバンドも存在する。

ギタリストで作曲を手がけるTonyとヴォーカリストHongを中心とするバンドだ。TonyはANGRA、DREAM THEATER、NIGHTWISHなどに影響を受け、かつてはプログレッシヴ・メタルの作品も発表したことがある。けれどもANATTAでは、プログレッシヴ・メタルとかパワー・メタルなどという一つのジャンルに縛られない、モダンなサウンドをミックスさせた"ハイブリット・メタル"を生み出した。それはメタルとエレクトロを融合したスタイルで、テクニカルな部分やシンフォニック・メタルな要素もありつつ、明るくキャッチーなメロディで親しみやすく仕上げている。

しかし、軽いノリで聴くのは少々はばかられるかもしれない。バンド名の"Anatta"とは仏教でいうところの"無我"である。

メンバー曰く、「現在過去未来において森羅万象は、瞬間にしか存在し得えず、それは避けようもない真実。だからこそ、謙虚さを保ち、何かを創造することに集中して、私たちがいなくなった後にも、それが残るようにする」

そんな心がけをするためにANATTAと命名したのだとか。

ちなみに、2012年のファースト・アルバムは『Eternal Truth Is Anatta』と、"無我"を押し出したタイトルであり、本作に参加したベーシストはLUMINASIONなどでも活動しているJioだ。

バンドはアルバム発表時に少し活動した後、長い間沈黙していた。
しかし、ヴォーカリストのHongがソロ・プロジェクトとして2019年1月末にシングルを発表。その第一弾となった「Please Don't」はエレクトロ・ポップで少々意表を突いたが、彼女の趣味はロック、メタル、ゴシック、ポップ、ヒップホップ、R&B、ダブステップ、エレクトロなど多岐にわたるので、今後はあらゆるジャンルを融合させていく予定らしい。そして現在は、ゴシックとトラップ・ミュージックを合わせるプロジェクトを意欲的に行っているとも聞いている。

また、ANATTA自体も曲作りだけは地道に続けていたらしく、2019年は新曲を発表する予定でいるとのこと。

ANATTA「Anatta」

2012年の『Eternal Truth Is Anatta』から。

NACARBIDE

Hitomi(ヴォーカル)、Masa(ギター)、Hassy(ベース)、Hiro(ドラム)というメンバーが集まっているのが、このバンド。ときおり、日本人のようなニックネームをつけるアジアのミュージシャンも見かけるが、彼らは正真正銘の日本人である。

ここ数年はタイの在留邦人が増加の一途をたどっているので、日本人が結成したバンドが出てきても大きな衝撃はないかもしれない。けれども、彼らの音楽はトラディショナル・ヘヴィ・メタル。もっと言えば日本的。日本人が演奏しているのだから当然といえば当然ではあるが、バンコクから80年代日本のバンドの香りが漂ってくるのだから初めてNACARBIDEの音を耳にする際には頭が混乱してしまう。

バンドの結成は2016年。それまで、バラバラに活動していた人たちがカヴァーではなく、自分たちのオリジナル曲を演奏することを目的として集まったという。したがって、世代や好みもばらつきがある。ベーシストのHassyによれば、HassyとHiroのリズム隊はLAメタル全盛の世代で、MÖTLEY CRÜEやVAN HALENなどを好み、女性ヴォーカリストのHitomiはANTHEM好き。メンバーの中で最も若いギタリストのMasaは10代後半を2000年以降に過ごしているということで、比較的フラットな視点を持って対応しているという。なお、そのギタリストのMasaは、現在、技巧派インストゥルメンタル・ハード・ロック・バンド、D_Driveのギタリストとして活躍するSeijiの教え子の一人ということで、師から教わった確かな技術を元にNACARBIDE以外でも幅広くタイの有名ミュージシャンたちと活動を共にしている。

そんな彼らが絶妙なバランス感覚で折り合いをつけ、日本人の感性で伝統的なヘヴィ・メタルを表現したのが、2017年のデビュー・アルバム『Lots Of Eyes』。ひょっとしたら、タイの在留邦人が結成したヘヴィ・メタル/ハード・ロック・バンドでオリジナル曲のアルバムを発表したのは、このNACARBIDEが初めてかもしれない。そういいう視点からも重要な作品だ。

当然、タイのメタル・シーンにおいて異彩を放っているサウンドなのだが、2018年になると、通常のメタル・イベント企画はもとより、THE OLARN PROJECT、Kitti Guitar Gun、Lam Morrisonといった大御所からメロディック・スピード・メタルの守護神MELODIUS DEITEの前座を務めるなど、見事にシーンに食い込みはじめている。

現地のシーンを直接肌で体験しているHassyは、「メタル括りでいうと、この3年ほどで急激に冷えた感は確かにある」と言ってはいるが、「我々の音楽は東南アジアにおいて絶滅危惧種に近いものなので、シーンの影響は受けないと思う」と続けた。図らずもこの章のタイトルと重なったが、やはりそれだけこの手のジャンルは貴重だということだろう。

さて、バンドはすでにタイを飛び出してマレーシア・ツアーも行っているのだが、機会と都合さえつけば「地球の裏側でも行く」という意気込みを持っている。活動が順調に続けられれば、単純にタイと日本の架け橋というだけではなく、音楽面や活動範囲も含めて狭い範疇には収まらないバンドに成長していきそうな予感もするので日本のメタル・ファンは要注目だ。

ちなみにあまり聞き慣れないバンド名のNACARBIDEとは、タイ語のหนัก(Nac)=Heavy、英語のCarbide=炭化物、カーバイド鋼、という2つの異なった言語を組み合わせた造語で、「重くて硬い鋼」という意味合いを持たせているという。

NACARBIDE「Iron Lotus」

2018年6月に発表されたシングル。

CHERUB

女性ヴォーカリストKeerati擁するメタル・バンドCHERUBは、2009年に『METAL FARM Vol.7』なるコンピレーションに参加した後、2010年に『Evil In Me』EPを発表。日本でも一部のマニアにはその名前は知られていたものの、活動はフェードアウトしてしまった。

しかしながら、2014年にはアルバム制作の準備を行っているという情報を残している。一体どうなったのかというと、メンバーはそれぞれの仕事で忙しくバンドは長らく休止状態とのこと。とはいえ、Keeratiによれば、活動を再開する計画はあるようなので、バンド名くらいは覚えておいてもよいだろう。

なお、彼女は現在、メタル・バンドで歌ってはいないが、シンガーとしての職業に就いているということなので、CHERUB復活の際は、より鍛え抜かれた歌唱力を披露してくれることだろう。

CHERUB「Evil In Me」

2010年に発表した『Evil In Me』EPのタイトル・トラックを2014年にリミックスしたもの。


『タイのメタルにエールを 第3回』へとつづく。