タイのメタルにエールを 第1回

アジアのメタルシーン
アジアのロック探検家、小笠原和生氏による新リーズ。インドに続き、タイのメタルに迫ります。

タイ・メタルの憂鬱

この数年、タイのミュージシャンから必ずと言ってもよいほど聞くのは、「近年のタイのメタル・シーンはあまり活気がない」ということ。

けれども、海外からも多くのバンドがタイに訪れて首都バンコクを中心にライヴを行っていることをご存知の方々もいるはず。
昨年(2018年)を振り返ってその一部を列挙してみても、THY ART IS MURDER、LICH KING、RAGE、VENOM INC.、LEGION OF THE DAMNED、ROTTEN SOUND、DESTRUCTION、AT THE GATES、AGNOSTIC FRONT、MR.BIG、EXTREME、RATOS DE PORÃO、VITAL REMAINS、ENSLAVED、INTERVALS、BLASPHEMY、HELLWITCH、CEPHALOTRIPSY、SINSAENUM、POLYPHIA、INCANTATION、DUST BOLTなど、ズブズブのアンダーグラウンドから新世代、大メジャーなところまで多くのバンドが訪れている。
もはやタイは世界のミュージシャン目線からしても十分興味を惹かれる国のひとつになっていると捉えてもよいだろう。

とはいえ、タイ国内のバンドのアルバムが出てくるペースは一時期よりもかなり落ちていると言わざるを得ない。ふと気づいた時には沈黙状態であったり、解散しているなんてことも少なくないなか、シングルを小出しにしながら時折ライヴを行うのが精一杯のようにも見える。

とあるベテラン・ミュージシャンの見解によると、「世界の潮流と同じくインターネット主体になってしまってCDなどの現物が売れなくなってしまった」そして何よりも「ファンたちは国内のバンドよりも海外のバンドばかり注目するようになった」ということだった。もちろん、それ以外にも不安定な政治経済の状況、生活維持のための仕事とバンド活動のバランスを含め、シーンが低迷してしまった要因は様々あるだろう。

余談ではあるが、政治といえば、タイの軍事独裁政権を批判する主旨のラップ、RAP AGAINST DICTATORSHIPの曲が2018年末から話題になっている。そしてそれは静かにではあるがメタルにも波及し、MAD.-Metal Against Dictatorship-というイベントが2019年1月26日に行われ、PAST OF THE PAIN、AMATA、ILLUSION OF HUMANITY、UNDEAD、FACEMELTING、UPPERCUT、THE ROT SYSTEM、DR.MARTIN LUTHOR KING KONG,JR.IIIといったスラッシュ、プログレメタル、パンク、メタルコア系のバンドたちが集まった。
さらに、AMATAやUPPERCUTのメンバーらがMETAL AGAINST DICTATORSHIPとしてYouTubeに曲をあげている。

Metal Against Dictatorship - วงจรอุบาทว์ (No Coup)

閑話休題、ファンが国内のバンドを聴かなくなってきたというのは一番の痛手だ。それでは、演奏する方もまったく張り合いがないではないか。かと言ってファンが悪いとかバンドが悪いという責任の擦り付け合いは不毛。あまりにも身近過ぎるがゆえに自国の良さを見逃してしいるだけなのかもしれない。

そう。ひょっとしらたら、我々外国人ならば、そんなタイのバンドが持つ魅力に気がつくのではないだろうか。

はじめに彼らがいた

これを期に、かなり大雑把ではあるが、これまでの流れを表面だけでも振り返ってみよう。

1980年代

タイにおけるヘヴィ・メタル/ハード・ロックの黎明期となるとやはり1980年前後ということになるだろうか。いくつか代表的なバンド名を列挙してみる。


まずは、60年代後半のベトナム戦争中に米軍基地での演奏を出発点として、その後はヨーロッパでの長期にわたるツアーを行い、本場仕込みのサウンドをタイに持ち込んだ、"ギター・キング"ことLam Morrison率いるV.I.P.。80年代に入ると、「Night In Bangkok」という迷曲の入ったアルバムをヒットさせるほか、『Europa Concert Norway Live 1982』とタイトルされたライヴ・アルバムも発表している。なお、このアルバムのジャケットには"HEAVY METAL SOUND"と記されているのが素晴らしい。


これまた活動の原点は60年代後半まで遡り、後にタイで最も長期的に活動しているロック・バンドとして知られるようにもなるKALEIDOSCOPE。80年代のアルバムは、主にDEEP PURPLE、UFO、GRAND FUNK RAILROAD、BOSTON、FREE、POLICE、ROD STEWARTなどの曲をカヴァーした作品だったが、90年代前半には、オリジナル曲による良質のハード・ロック/ヘヴィ・メタル作品を発表して若者にも受け入れられた。

ちなみに、このバンドに在籍していたKiti Kanjanastitは、ベトナム戦争真っ只中の1965年に米軍基地で演奏を始め、KALEIDOSCOPE、SIAMESE、ROCKESTRA、NEW WAVEといったバンドを渡り歩いた経歴を持ち、ソロとしても活動を続けるタイを代表するロック・ギタリストのひとりである。

しかし、なんと言っても強烈なのは彼が弾く拳銃型ギター。もう長い間彼の芸名はKitti Guitar Gunで通っている。一般的に銃の形をした変形ギター使用者といえば、THE ALFEEの高見沢俊彦、レゲエ・ミュージシャンのPeter Tosh、ALICE COOPERバンドに在籍していたことで知られるマッチョなKane Robertsあたりが思い浮かぶだろう。けれどもKitti Guitar Gunは彼らのことなど知らない。

「ふと、拳銃にギター・ネックを合わせるという発想が浮かんだ。神から授かったと思ってるよ。それは1979年のとある眠れない夜だった」

……Kitti、シビレるぜ!

Captain Nemo by Kitti Guitar Gun

MICHAEL SCHENKER GROUPの「Captain Nemo」をカヴァーするKitti Guitar Gun。彼のギターに注目。

なお、YouTube上を検索すれば、Gary Bardenと一緒に「Rock Bottom」を演奏する動画も見つかる。
その他、当時は英語で歌うバンドが多かったなかで母国語にこだわってデビュー。メタル以外にもロックやフォーク調の曲までスタイルは様々ながら、アジアの怪しい香りを濃厚に発散していたトリオのFLESH & SKIN。


少々ポップになるが、ヴォーカリストRang Rockestra率いるキーボード入りのハード・ロック・バンド、ROCKESTRAなども80年代前半にアルバムを発表。90年代前半にはかなりビッグな存在になっている。

ROCKESTRA 「โลง」

1984年のセカンド・アルバム『เทคโนโลยี』から。
80年代も後半になると、俳優業も行い、ロック・スターとしても大成するAmphol Mumpoonを擁するハード・ポップなMICROがアルバムを発表し始める。

MICRO 「หมื่นฟาเรนโฮต์」

1988年のセカンド・アルバム『10000° F』から。
V.I.P.でも一時期活動した経験もあるベテラン・ギタリスト、Olarn Promjaiを中心に結成したTHE OLARN PROJECT。ソフトな曲もあるものの、上記のバンドたちよりもさらにメタル色も強く、様式美的な部分も持ち合わせている。
すでにデビューから30年以上経過した今でも、Olarn Promjaiは、その卓越した技術と経歴からタイ・ヘヴィ・メタル界のゴッドファーザーとして尊敬を集める存在だ。

THE OLARN PROJECT 「หนทางของคุณ」

1987年のファースト・アルバム『กุมภาพันธ์ 2528』から。

これらのバンドのほとんどは90年代中期までは勢いも良く、良質な作品を発表することになる。

1990年代前半、華のメジャー・シーン

90年代初期はタイ・ロック史において一番の盛り上がりを見せた時期だろう。前述したバンドやミュージシャンも順調に活動を続けて確固たる地位を築いていく。

KALEIDOSCOPE 「เหนือฟ้ายังมีฟ้า」

例えばベテラン・バンドのKALEIDOSCOPE 。1994年の『คา-ไล-โด-สโคป』から。
映像センスはぶっ飛んでいるが、曲調は王道路線。
もちろん新しいバンドの台頭も目覚ましい。
まず、若干80年代のLAメタルを感じさせるようなファッションとPaeのハイトーン・ヴォーカルが印象的なHI-ROCKが1991、1992年と立て続けにアルバムを発表。

続いて、キーボード入りのメロディアスなハード・ロック、URANIUMなんていうバンドも質の高いアルバムを発表したが、やはり、STONE METAL FIREのデビュー(1993年)の衝撃は凄かった。以前、THE OLARN PROJECTに在籍していたヴォーカリストPongとベーシストのRongが在籍するバンドだ。ファースト・アルバムはソフトな曲が多かったとはいえ、泣きのバラードや、血管が切れんばかりのシャウトと弾きまくるツイン・ギターの絡みでメタル・ファンの胸を熱くさせる曲もあり、幅広いファン層を獲得した結果、驚異のミリオン・セラーを記録した。

その当時の様子は、フアマーク・インドア・スタジアムやタイ・アーミー・スポーツ・スタジアムといった巨大な会場を使って1993年、1994年、1995年と行われたShort Charge Shock Rock Concertをご覧頂ければおわかりになるだろう。

Short Charge Shock Rock Concert EP1 1/5

1993年のShort Charge Shock Rock Concert。
演奏はHI-ROCK。

Short Charge Shock Rock Concert เหล็กคำราม EP 6/7

1995年のShort Charge Shock Rock Concert。
演奏はSTONE METAL FIRE。
その他、もう少しメタルに徹底したバンドとしてHEAVY MODの名も入れておきたい。

というのがメジャー・シーンの90年代前半である。

しかし、中盤からは世界の流れを汲んでブリット・ポップ、オルタナティヴ、グランジといった音楽性に触発されていく。
あれだけ一世を風靡したSTONE METAL FIREもこの時期はTHE SUNとLAVAに分裂してしまう。さすがに、このバンドのメンバーは別格だったとしても、正統派ハード・ロック、ヘヴィ・メタル・バンド(HUMAN ROCK、PIZZA、WOLFPACK、CHUMPOL AND GOLEN WHITEなど)は、長期的な活動はできず、流行に敏感な若者からは一昔前のスタイルとして隅へ追いやれてしまった感がある。
その代わりに台頭してきたのがMODERNDOG、Y NOT 7、LOSO、BLACKHEAD、FLYなどであり、現在では誰もが知るまでに急成長したバンドたちであった。

そのなかでもBLACKHEADというバンドはこの時期を代表するオルタナティヴ・ロック・バンドだが、ヴォーカリストは元URANIUM、そしてギタリストは元BIG GUNなのだ。ほんの数年前まで正統派のハード・ロック、ヘヴィ・メタルを演奏していたことを考えると、いかに当時のメジャー・シーンがこの方向へ流れていたのかが理解できるだろう。

Y NOT 7 「ค่อยค่อยพูด」

1995年のファースト・アルバム『Y Not 7』から。

BLACKHEAD「ทน」

1995年のファースト・アルバムから。

1990年代のエクストリーム・メタル

では、アンダーグラウンドのメタルはどうだったのだろうか。

その発端となるのは1990年代初期。デス・メタルのパイオニアとも言われているHERETIC ANGELSがデビューEPを1993年に発表。さらに、大都市バンコクではなく、タイ北部に位置するナーン県の小さな村から出てきたKaewthit三兄弟のDONPHEEBIN。彼らは80年代に結成されたバンドだが、メタルが受け入れられる機会を待っていたということで、デビュー・アルバムの発表までに時間がかかってしまったものの、70,000枚を売上げて話題となる。

1994年になると、Pain Of Deathと冠されたタイで初となるデス・メタルのコンサートが開催。後にプログレッシヴ・デス・メタルとして独自のサウンドを確立することになるDEZEMBERがデビューする他、HERETIC ANGELSのメンバーが別プロジェクトのGROWING PAINで少々モダンな要素を入れたスラッシーなサウンドを披露。短命ではあったが、DONPHEEBINとも親交が深かったデスラッシュのWIPALAS(วิปลาส)というバンドもいた。

90年代も後半になると、すでにマニアの間では名の知れた生粋のデス・メタラーMACARONIがアルバムを発表。そして、ブラック・メタルのパイオニアであるSURRENDER OF DIVINITYも登場。その徹底したブラックな姿勢が強烈なインパクトを放ち、彼らの名はあっという間に国外へ広がっていく。さらにこの時期、DARK MYSTERY、やや遅れてタイ北部のチェンマイではCALORICといったブラック・メタル・バンドも活動を始めている。

DONPHEEBIN Live at AUA - ทางเดินเดิม

DONPHEEBIN、1999年のライヴ映像。

2000年代

その他、90年代後半から00年代前半には、DEATHGUY、LACERATE、SHAMBLES、INFERNAL VILEといったデス・メタルから、デスラッシュ系のPLAHN、グルーヴィなスラッシュ系のCLONE、猥雑なデス・グラインド系としてDEATHGUYのJoeのプロジェクトSHE'S GOREやSWINGING CORPSE。また、突如として現れたメロディック・パワー・メタルのNATHANIAも強い印象を残したバンドだ。

PLAHN 「The Eternity」

2002年のセカンド・アルバム『Third World Not Slave』から。

SHE'S GORE 「Grandmotherfuck」

2005年に発表された曲。

NATHANIA 「The Weight of Obligation」

2008年、セカンド・アルバム発表時のライヴ映像。
そんな中、00年代に注目されたアンダーグラウンド・イベントのひとつはDemonic Concert。
1998年から開催され始め、PLAHN、SURRENDER OF DIVINITY、EBOLA、DEATHGUY、CALORIC、QUAKE、CLONE、DEZEMBER、HERETIC ANGELS、GROWING PAIN、CARNIVORA、RANCOROUSなどが出演している。

Demonic Concert 2012

徐々に規模も拡大され、この2012年は、マレーシアやシンガポール、インドネシア、台湾、オーストラリアなど海外からもバンドを招聘している。
一方、この頃になるとメジャー・シーンではヘヴィなリフに少々エモーショナルでポップな歌を合わせたCLASH、BODYSLAM、BIG ASS、00年代後半からはSWEET MULLETといったバンドたちが大衆の人気を掴んでいく。

CLASH 「ไฟรัก」

前作ではニュー・メタルの要素を取り入れていたが、本作『Emotion』(2005年)ではアルバム・タイトルが表す通りの音へ。

BODYSLAM 「ความเชื่อ」

2005年の『Believe』から。
80年代初頭から活動を続けるタイの国民的フォーク・ロック・バンド、CARABAOのヴォーカリストが年季の入ったいぶし銀の喉を披露するパートとエモい歌との対比が癖になるかも……

BIG ASS「ปลุกใจเสือป่า」

2006年の『Begins』から。
バンド史上最もメタルよりのアルバム。

SWEET MULLET 「คืนนี้อยากได้กี่ครั้ง」

2010年の『Sound Of Silence』から。
さらに、90年代後半に出てきたSILLY FOOLS。彼らの初期はアングラでヘヴィなニュー・メタル風の路線ではあったが、徐々にポップな要素を取り込み、いっきにメジャーに上り詰めていった。

SILLY FOOLS 「สตรีหมายเลข 1」

2008年の『The One』から。
他にも、HERETIC ANGELSのメンバーが行っていたGROWING PAINも2004年のセカンド・アルバムで、メタルっぽさは十分に感じさせつつもオルタナティヴの影響を受けた作風に変化。


さらには、アンダーグラウンドでDemonic Concertにも出演していたEBOLAもニュー・メタル系から徐々にエモーショナルな歌をメインに据えた作風に変化してSILLY FOOLS同様にメジャー・バンドの仲間入りを果たしている。

EBOLA 「แสงสว่าง」

2005年の『Enlighten』から。
後に、LINKIN PARK(2016年)、FOO FIGHTERS(2017年)、SEPULTURA(2017年)などの前座も務める。
彼らの動きが00年代中盤に起こったタイ・ロック界の変化を如実に表しているのではないだろうか。

また、この時代の新しいところでは、QUAKE、OUTRO、CANTAROOT、COUGH、SCARなど、90後半のグルーヴィでラップを用いたニュー・メタルに影響を受けたバンドたちが成長。インダストリアル・スラッシュのNERVE。エモ・ロックのSOUND OF DESOLATE。エモ/ポストハードコアのBRANDNEW SUNSETといったバンドの他、女性ヴォーカリストをメインにビッグネームのY NOT 7とLOSOのメンバーが結成したFAHRENHEITというロック・バンドは、ソフトでポップな曲も多かったが、ベテランらしい渋いギターが活きるロックな曲が光っていた。

QUAKE 「ตัวตนของตัวเอง」

2005年の『Aftershock』から。

BRANDNEW SUNSET 「Falling Down」

2008年の『BrandNew Sunset』から。
もちろん、すべてがグルーヴを強調し、ポップでエモーショナルな方向へ転換したわけではない。

LICENSE TO KILLやBORN FROM PAINといった90年代後半に結成されたハードコア・バンドは00年代から現在まで変わらず己の道を突き進み、メタルコア系としてANNALYNNやG6PD、SYSTEM SUCKERが登場。アンダーグラウンドでは、さらに過激化していき、病んでるグラインドコアのMASOCHIST。ブルータル・デス・メタルのA GOOD DAY FOR KILLING。ウォー・ブラック・メタルのZYGOATSISなどが活動し始めるのだ。

次回からは、現在も生き残っているベテランや新世代のバンドを少しづつ見ていくことにしよう。


『タイのメタルにエールを 第2回』へとつづく。