タイのメタルにエールを 第10回

アジアのメタルシーン
近年、タイのメタル・シーンが低迷気味だと聞く。けれどもユニークな個性を持ったバンドは存在しているはず。タイのバンドが持つ魅力を発見して外側から応援して欲しい。
今回はメタルコア、ポストハードコア周辺のバンドのパート7。

メタルコア、ポストハードコア、ニューメタル、モダンロック系パート7

STRAY WOLVES

世知辛い世の中だ。文明開化以前の日本がどうだったのかは何とも言えないが、現代は合理化が進み、理性も抑えられず欲にまみれている。よって他人よりも上に立ちたいという思いから皆が獰猛な捕食動物のようになった弱肉強食の世界。使い古された表現ではあるけれども、それを否定することはできない状況なのではないか。「人間は人間にとって狼である」と、イングランドの哲学者トマス・ホッブズが言ったように、やはり我々は狼となってしまったのだろうか(「いや、我々は羊だ」と言う人もいるだろうけど)。

こんな書き出しだと狼に関して悪いイメージを植え付けかねないと思うので少し補足しておくと、例えば一匹狼と聞けば、組みすることなく自立できる人、またはしっかりとしたプライドを持ち、ハードボイルドでクールな印象もあるはず。そうは言っても、狼男や送り狼なんてものが連想されやすく、北欧神話が好きならば、神々に災いをもたらすと恐れられた巨大な狼フェンリルが思い浮かぶかもしれない。さらに、『赤ずきん』に登場する狼は残酷でずる賢い。しかしながら、こうした負のイメージがある一方で、国や民族によっては知恵と勇敢の象徴として神聖視される場合もあれば、信仰の対象になることもある。そう、一口に狼と言っても様々だ。

それではこのSTRAY WOLVESなる狼はいったいどんなタイプに属するのだろうか。

5匹のはぐれ狼たちが一団を組む様を表現してSTRAY WOLVESと名付けたのが、このポストハードコア・バンド。実は、『タイのメタルにエールを 第7回』にて紹介したHOPELESSに在籍していた過去を持つTee(ギタリスト)、Nat(ベーシスト)、Joe(ドラマー)を中心に結成されている。彼らは仲の良い友人同士だったこともあって音楽の好みも似通っており、HOPELESSからは意見の相違で脱退。折を見てBenz(ヴォーカリスト)とMday(ギタリスト)を誘い、バンドとして動き出すのが2017年。

この2017年に彼らは「Escape」と「My Decision」という2本のミュージック・ビデオをScreamlab Recordsから発表している。この2曲で彼らが伝えていることは、「誰の助けも借りず、両の足を地につけ独り立つ。自分の運命は自分で切り開き、何物も恐れずに突き進む。例え倒れてもまた立ち上がる。結果がどうであれそんなことに興味はない」ということ。なんとも勇ましく、この言葉だけでこちらも胸が熱くなってくる。けれどもこの激しい思いは涙と挫折を経験した者であるからこそ生まれる覇気なのではないだろうか。

STRAY WOLVES「My Decision」

2017年9月発表のセカンド・シングル。
「Escape」と「My Decision」のディレクターを務めたのはMday(ギタリスト)。彼はSTRAY WOLVESの作品以外にも、LASTHOPER、PERFECT STRANGER、IN VICE VERSA、EX’S AND OH’S、FALLING IN BETWEEN、HOPELESS、10 SECONDS SMASH FACEなどのミュージック・ビデオを手掛けてきた。さらに、LASTHOPER、THE ROCKET WHALEのメンバーと共にDAISYというバンドでも活動している。

チェスター・ベニントンが2017年7月20に他界したその1年後の2018年7月20日には、LINKIN PARK「Runaway」のカヴァーを発表。彼らは、「自分たちがどれほどチェスターのことを好きだったのかを示すためにビデオを撮ったんだ。彼とLINKIN PARKに敬意を表してオリジナルの雰囲気を保つようにした」と言っていた。確かに勝手なアレンジはしていないものの、思いの外STRAY WOLVES節が効いる。両者の特性が表れたちょうど良い塩梅のカヴァーに仕上がっていると言えるのかも。

STRAY WOLVES「Runaway」(LINKIN PARKのカヴァー)

2018年7月20日発表。
このようにLINKIN PARK愛を示した彼らだが、ライヴではMISS MAY I、PARKWAY DRIVE、THE DEVIL WEARS PRADA、ARCHITECTSなどの曲を演奏することもあり、オリジナル曲はそれらの雰囲気の他にもBRING ME THE HORIZONっぽさも持ち合わせているような気がする。HOPELESSと聴き比べてみることでSTRAY WOLVESの進みたかった方向性がより理解できるだろう。

そして今年、2019年6月には3本目のシングルとなる「Mirror」を発表。ここで彼らが伝えたいことは、「自分が誰かよりも優れているなんて思い上がらないこと。他人を馬鹿にしてはいけない。自分だってそれほど優れているわけではないのだから」という忠告。

今回はScreamlab Recordsからではなく自主制作という形をとっており、ビデオのディレクターもMdayではなくKISS & DEMISEのヴォーカリストTongが設立したRebirth Productionsが担当している。

前作から約2年振りの新曲ということで何か大きな変化があるのではないかと思ったが、なんとなく聴いているだけでは以前と同路線のように感じる。しかし、「俺たちはポストハードコアだけど、自分たちのスタイルを崩さない範囲で古き良きニュー・メタルの雰囲気を出そうと挑戦してみた」とのことなので注意深く聴いてみてほしい。

STRAY WOLVES「Mirror」

2019年6月発表。
このシングル発表後の8月には日本ツアーも行ったQUOR(米国)のバンコク公演の前座も務めるほか、メタルコアやポストハードコア系のバンドが集まる企画には出演しているものの、メンバーはそれぞれの仕事との兼ね合いで一緒に集まる時間があまり取れていない。よって、曲作りは遅々として進まず、1曲発表するまでかなり時間がかかってしまうのだとか。

けれども、普段、はぐれてさすらう人々が集まったまさにその時こそがSTRAY WOLVESなのだと言えるのではないか。ひとつのバンド活動に縛られず自由に振る舞っているように見えるが、それはヨーロッパ的な個人主義とは少々違うかもしれない。例えば、アングロ・サクソンが生み出したガチガチの契約によって縛られることによってまとまる活動とはまた別の、仲間意識によって結ばれているからこその余裕があるとも考えられる。だとすれば、トマス・ホッブズの言うところの狼とは違う種であろう。なんともバカバカしいこじつけによる妄想的展開で申し訳ないけれど、古巣のHOPELESSと同じ企画のライヴにも参加することも度々あり、バンド内のみならず、同じシーンの中においても互いに食い合うような状況にはないということも言えると思う。

ともかく確かなことは、彼らは欲望に振り回されて暴れ、生態系の頂点になろうとする者でもなければ、弱いから群れをなしているわけでもない。歌詞に込められたメッセージを今一度振り返ればわかる。「自分の運命は自分で切り開き、誰の助けも借りず自立する」けれども「思い上がって他人を蔑まないこと」。これで十分だ。独り立ちできる誇りある者たちが信頼によって秩序ある集団を形成している。それがSTRAY WOLVESなのだ。

BIKINIとScreamlab Records

アダムとイヴのようにイチジクの葉や武田久美子で有名になった貝殻も捨てがたいところだが、やはりビキニの水着は素晴らしい。それは世の男性諸君を虜にする20世紀最大の発明と言えるだろう。小さな布に詰め込まれたキュートさとセクシーさに大胆な露出という組み合わせは理性を狂わせる魔力を持っており、覚りを開かない限りビキニの誘惑からは逃れることはできないのではないか。

けれども、そのビキニの名前は核実験が行われたことで有名な太平洋のマーシャル諸島にあるビニキ環礁に由来すると言われている。どうやらフランスのファッション・デザイナーであるルイ・レアールが、その布面積の小ささと周囲に与える破壊的インパクトを原爆(この水着発表直前にビキニで実験が行われた)に例えて発表したのだという。20世紀最悪の発明とも言える核爆弾の威力に例えるとは、とんだフレンチ・ジョークである。普段、頭がお花畑の私ですら少々複雑な気持ちになってしまう。

ビキニ環礁は1946年から1958年まで幾度となく核実験が繰り返され、“ビキニ環礁核実験場”として(負の)世界遺産となっているのは周知の事実。ある程度の年齢を重ねた人なら、ビキニと言えば、水着と同時に核実験が思い浮かぶはず。時の流れとともに“ビキニ”という言葉は人間の欲望にまみれて衝撃的かつ複雑な意味が含まれてしまった。

“BIKINI”。彼らは自分たちのバンドにそう命名した。ところが、「その名前が好きってだけで特別な意味なんてない」と言い切る。そうは言っても好きだと言うからには何らかの理由があるはずだと思って想像を巡らせた。そしてようやく、興奮を誘発すると同時に悲惨な出来事を連想して萎えさせてしまう精神をかき乱す単語。それこそが“BIKINI”であるという結論に達したわけだ。そう考えるとヘヴィな音楽にピッタリの良いバンド名のような気もしてくる。……あくまで勝手な想像でしかないのだが。

このBIKINIが結成されたのはメンバーがまだ高校生だった1998年。当時のタイのアンダーグラウンドではニュー・メタルの人気が高まり、SILLY FOOLSが最大手のGMM Grammyと契約して一気に飛躍していく時代だ。

そんな中、国内のコンペティションに参加しながら機が熟すのを待ち、2002年にデビュー作『A Piece Of Bikini』EP、2004年に2作目となるフル・アルバム『I Love You』を発表した。『A Piece Of Bikini』の頃は当時のニュー・メタル全般を聴き漁っていたようだが、『I Love You』の頃になるとCONVERGEやNORMA JEANなどをよく聴いたらしい。メンバーは影響を受けたバンドに関してはよくわからないと言っていたが、『I Love You』ではニュー・メタル的な前作よりもカオティックなハードコア要素も見受けられることから、やはり聴いていたバンドからの影響は多少あると思われる。

BIKINI「ร่ำเมรัย」

2004年発表の『I Love You』収録。

口唇裂の犬の顔がドアップで写った強烈なインパクトを残すアートワークにアルバム・タイトルの『I Love You』。このチグハグな感覚にはいったいどのような意味が込められているのかと疑問に思い尋ねてみたところ、これまた「意味なんてないよ」と言われてしまった。「友人でもある有名写真家の作品を使用しただけ」なんだとか。
その写真家とはChardchakaj Waikawee。大学で写真の学士号と美術の修士号を取得し、写真以外にも映画製作、教師としての立場も持っている。彼は政治に関しても興味があり、音楽やファッションが好きで若者の文化を研究してポートレートを撮影している。
大手レーベルと契約したわけではないが、『A Piece Of Bikini』は1,000枚、『I Love You』は2,000枚以上を売り上げたということなので、メンバー自身は満足しているらしい。

けれどもこのバンドに対する評価はそんな数字には収まらない。00年代中期から後期にかけてエモ全盛の時代が訪れるが、ニューメタルからエモへの転換期の重要なバンドとして位置づけられている。さらに、『タイのメタルにエールを 第7回』のSWEET MULLETのパートにて言及したように、このBIKINIのベーシストを務めるBannieこそScreamlabの発起人なのである。

まだアンダーグラウンド・シーンに小さなコミュニティがほんの少しばかりだけ存在していたそんな時代。Bannieはこれまでにない音楽の潮流を察知し、その新しいヘヴィ・ミュージックを嗜好する仲間を集めて同好会のようなコミュニティを1999年に立ち上げる。それがScreamlabであり、集まったのはBIKINIを始め、SWEET MULLET、RETROSPECT、HOUSETRAPといった後に名を残すバンドばかりだった。特にSWEET MULLETとRETROSPECTに関してはタイを代表するメジャー・バンドの仲間入りを果たしている。
では、BIKINIはどうなのかというと、2004年の『I Love You』以降はアルバムを発表することもなく、気がついた時にはシーンから消えてしまっていた。いったいどうしたというのだろうか。

「『I Love You』発表後、大きなレーベルと契約を交わしたんだ。そしてシングル「ปลดปล่อย」を発表したんだけれども契約上の問題が起こってね。それで、すべてを白紙に戻すことにしたのさ。だから問題が解決するまではバンド活動も停止することに決めたというわけ」

このようにBannieは教えてくれたのだが、実際にどのような問題があったのかは語ることはなかった。今確認できることは、2006年にMusic Bugsから発表されたコンピレーション・アルバム『Do It Or Die』にそのシングルが収録されていることぐらいである。

しかしそんな出来事があったからこそ、同年、BannieはScreamlabという自身の創設したコミュニティ名を冠したレコード・レーベルを始める決意をすることになったのだ。なお、このScreamlab Recordsの発足にはBIKINIのギタリストTopとCLASHのベーシストZumが関わっている。

そしてANNALYNN、ETERNITY-BOX、EMPTY GLASS MEANS NOTHINGといった若手を集めて好評を博した2007年のコンピレーション『Science Of Scream』を皮切りに、ANNALYNN『A Year Of Misery』、NO PENQUINS IN ALASKA『Worthless Theory』、THE BURDEN FROM GOD『Unity In Diversity』といったアルバムの他、近年ではTHE 90’s、LASTHOPER、STRAY WOLVESなどのシングルを発表してきた。

これで気づいたはずだ。BIKINIは00年代前半から中期へかけてのニュー・メタルからエモへの転換期を体現したバンドであり、ベーシストのBannieはRETROSTECTやSWEET MULLETといった後に大成するバンドを初期からまとめてきた。さらに、来日して日本盤も発売されたことから日本でも名前が知られるようになったANNALYNNのステップ・アップに多大なる貢献をしているシーンの功労者なのだ。

しかしながら、契約の問題とレーベル運営のため、2006年以降しばらくは鳴りを潜めることとなったBIKINIとしてのバンド活動。ひょっとしたらこのまま消えてしまう可能性もあったはずだが、気づけばここ数年はライヴも時々行っていた。メンバーに関してはギタリストのKobがオーストラリアへ移住してしまったとのことで、完全なるオリジナルでの再始動というわけではないようだが、サポート・ギタリストを見つけて活動をしている。

さらに、2019年8月から新しいEPの制作に取り掛かっているということも教えてもらった。その新譜の方向性は、音楽面において「このバンドならではのスタイルを維持している」ということなのでどうやら大きな変化はない模様。もっとも、このBannieの発言はあまりにも大雑把な表現なので個性を維持しつつも多少の変化がある可能性もあるだろう。また、コミュニケーションを取るためには英語よりも母国語が良いという自然な理由から、歌詞はタイ語で書かれているのだとか。このことからBIKINIとしては国内に根ざした活動を行っていくのがわかる。

BIKINI「ปลดปล่อย」ライヴ

活動休止直前の2006年に発表されたシングル曲。

映像は2019年5月19日に開催されたRock Alarm Ⅱでのライヴ。この企画にはEBOLA、OBLIVIOUS、SWEET MULLET、G6PD、TRAGEDY OF MURDERなどが参加した。
Bannieは良いバンドを見極める能力だけではなく、プロデュースやエンジニアとしての技術にも定評がある男だ。移り変わりの激しいシーンの中で、現在制作中の作品が発表された時にBIKINIというバンドがどのような評価を得るのか。とても興味深い。

LASTHOPER

「マズイぞ!このままでは電気どころか水道まで止まってしまう」ということで、お馬さんやレーサーに最後の希望を託して全財産を投入する人。はたまた、フラレ続けること100回。それでも最後の希望と命をかけて無謀な行為をしながら101回目のプロポーズをしてしまう人も世の中にはいるかもしれない。これは極端な例のように思えるが、限界ギリギリ、いつだって崖っぷちというロックな毎日を生きている人たちなら“最後の希望”という言葉の重みや想いは容易に理解できるはずだ。

バンドが結成されたのは今から14年前ということなので、2005年前後だろうか。バンコクに隣接するノンタブリー県のノンタブリー・ピッタヤーコン学校に通う高校生だった彼らは、音楽クラブで知り合う。このような理由からLASTHOPERはノンタブリーを拠点とするバンドとして知られるのだが、実はバンコク在住のメンバーもいるのだとか。

そんな彼らが活動を始めた時代は、「EBOLA、SWEET MULLET、RETROSPECT、BIKINIなどの時代で、アンダーグラウンド上がりのバンドたちが新しい音楽を大衆に広めて人気が出た」とメンバーは語っていた。それはこれまでもこのシリーズで何度か説明してきたとおり。そんな中、彼らはSTORY OF THE YEARS(米国)やBIG ASS(タイ)などの楽曲をカヴァーしていたという。このことから分かるように、LASTHOPERはメロディアス路線だ。

しかし、やはり高校生。卒業すればメンバーの進路は様々でバンドはバラバラとなる運命。しかしその卒業前に行われる音楽コンテストがあった。皆、「メタルを演奏するのもこれが最後だろう」と覚悟はできていた。しかし、その想いとメタルへの情熱をを最後の機会にぶつけるべく、LASTHOPERと名乗り参戦したのである。これはメタルを愛する者の気持ちを揺さぶるネーミング・センスだ。まだ高校生とは言えども、その背中にはすでに男の哀愁が漂っていたのではないか。この時期の少年たちは着実に大人の階段を登っているのだ。

「ところがさ、そのコンテストで優勝してしまったんだよ。だから、やっぱり今後も皆で夢を一緒に追い求めようってことになったのさ」

なんと!土壇場に追い詰められた男が発するオーラによるものだろうか。まさにLASTHOPERとしての面目躍如。これを機にオリジナル曲を作って活動をしていく本格的なバンドとしての道を歩むことになる。

彼らはScreamlab Recordsにデモを送り、それが認められたことで、2012年3月に「18 Years」というミュージック・ビデオでデビューする。SKID ROWの「18 And Life」を持ち出すまでもなく、18歳というのはとても繊細で不安定な時期であり、大人でもあれば、子供でもある。話の中心となるのは1人の少女。彼女は両親に将来の夢を告げるも、許してもらえるどころか考えることすら禁じられてしまった。これは当時18歳だったArt(ヴォーカリスト)の彼女の身に起こったことを基にしているのだとか。確かにこれはロック魂がうずくテーマだ。

LASTHOPER「18 Years」

2012年3月発表。

ビデオに登場する縛られて身動きが取れない女性。そんな状況が痛いほどわかる人も少なくないのでは?
2013年から2014年にかけては、「รอการพบเจอ」「Ohana」「พยาน feat.ว่าน วันวาน(Witness the feat. Wanwan)」「มรสุม (The Crisis)」を発表。

「รอการพบเจอ」は切ないラヴ・ソングだが、「Ohana」はなかなか衝撃的。ベーシストのNguによれば、タイトルにはReal Familyという意味があるようで、義父による虐待に耐えかね、逃げ場を求めて自殺した女性が幽霊となって復讐するという話。このアイデアはSTRAY WOLVESのヴォーカリストBenによるものだとか。

LASTHOPER「Ohana」

2013年10月発表。
「พยาน feat.ว่าน วันวาน(Witness the feat. Wanwan)」はバラード。メタル・ファンがこの曲を突然聴いてもつまらないと感じるかもしれない。ところが、これは我々のための曲なのだ。

「俺たちは常日頃メタルを聴いて過ごしているけど、結婚という大切な日の曲ってないよね。だからヘッドバンガーたちの結婚式用の曲を作ったんだ」

そう言われてみれば、結婚式にばっちりハマる曲はあまり思い浮かばないかもしれない。ほとんどが辛い別れの曲ばかり。どんなに素晴らしい曲でもWINGERの「Hungry」やSTEELHEARTの
「She’s Gone」では縁起が悪い。彼らはとても良いところに目をつけたと思う。

LASTHOPER「พยาน feat.ว่าน วันวาน(Witness feat.Wanwan)」

2013年11月発表。

ここではWanwan(Ratchayawee Weerasuthimas)という女性ヴォーカリストがフィーチャーされている。実は彼女、後の2015年に音楽オーディション番組The Voice Thailandに出演して一躍有名になる人物。
本ビデオは現時点で518万再生を超えていて、LASTHOPERのミュージック・ビデオとしては最も見られていることになる。
「なんでこの曲が一番有名になったのかはわからないけど、やっぱりWanwanのお陰かな。でも彼女とは昔から友人なんだよ」とのこと。
いや、本当は甘い生活を送りたいヘッドバンガーたちが毎晩こっそり見ているのでは?(涙)
「มรสุม (The Crisis)」のロケーションは海岸。タイのバンドでは比較的珍しい選択かもしれない。聞くところによれば、カオレムヤー・ムーコサメット国立公園で撮影したということ。バンコクからも近い離島でラヨーン県の沖合5kmほどに位置するサメット島にその公園はある。景観の美しい島として人気があるだけはなく、今から約200年前に活躍したタイを代表する大詩人スントーン・プーの代表作であり恋と冒険の叙事詩と言われる『プラ・アパイマニー』の舞台となった島としても有名だ。このような理由もあってだろうか、プレ・ウェディング・フォトを撮影するカップルもいるのだとか。

しかし、彼らはこのロマンティックで美しい海を、まったく違った象徴として表現してしまう。このビデオには悩みを抱え失意に暮れる女性が登場する。その彼女は海に飛び込むのだが、それは多くの問題に囲まれて溺れもがく様を表しているのである。果たしてその危機的状況からどうやって抜け出すのか。物事がうまく行かず、身も心もボロボロになったその時でも、まだ鼓動は止まっていない。その力強い音を信じて諦めるな、と彼らは言う。そう、ここでも“最後の希望”はまだ残されているというメッセージが登場するのだ。

LASTHOPER「มรสุม (The Crisis)」

2014年11月発表。

56秒あたりで豪快にシンハ・ライトを飲んでいる姿がとてもカッコいい。でもこれは物語とは関係なく、そのビール会社がスポンサーだからである。飲むならシンハ!聴くならラストホーパー!ってことかな?
そして、これまで発表してきたシングルをまとめたデビュー・アルバム『While I Breathe』を2014年末に発表。先程紹介した結婚式ソングは当然のこと、ボーナス・トラックとしてピアノを主体にしたウェディング・ヴァージョンも収録されている。さらに、これらのオリジナル曲のほか、ラッパーPP’DREAMSの「Slum」という曲のカヴァーも行っている。

また、本アルバムとは関係ないが、LASTHOPERのメンバーが彼の曲に参加するなど、PP’DREAMSと彼らの関係は深い。というのも、LASTHOPERが彼のレーベルLa’zaro Recordsにも所属しているからだ。バンドにとってLa’zaro Recordsは第二のホームということで、Screamlab Recordsがサポートできない時などにお世話になっているようだ。メタル・レーベルではないものの自由にやらせてもらっているらしい。PP’DREAMSは体格も良いが心も広いということがわかる。

ところでこのアルバム・タイトル『While I Breathe』も意味深だ。Nguによると、「ラテン語のイデオムに“While I breathe, I hope”という言葉があるんだけど、まさにこれが俺たちの想いを代弁しているから」とのこと。紀元前から伝わるラテン語の格言のひとつに“Dum spiro spero”というのがあり、その英訳が、“While I breathe, I hope”である。“生きている限り俺は希望を抱く”。なんとも彼ららしいではないか。ものの感じ方ひとつで人生の印象は大きく変わるが、一般的には些細な幸せよりも嫌なことや辛いことの方が強烈に心に残ってしまうため、思考が負のスパイラルにハマりがちだ。もちろん思考のみならず実際の状況が絶望的になることもある。けれども、すべてを諦めてしまったらそれまで。命の灯火は希望の灯火。

そうはわかっていても人は何度も失意のどん底に叩き込まれる。たとえそれが鼓舞させる側だったとしても。

2015年になると「ตราบที่ยังหายใจ(While I Breathe)」「Last June」の2曲を発表。「ตราบที่ยังหายใจ(While I Breathe)」は大切な人を失ってしまった人を励ます曲。これはビデオを見てもらえれば内容は把握できるはず。

よって、ここでは「Last June」に焦点を当ててみよう。歌詞の内容をそのままとれば、「とある男性が女性に対して献身的に接するも、その女性はとくに気にも留めなかった」ということになる。けれどもこの歌にはその字面通りの意味のほかにも、「周りが見えず盲目的になっている人に対して、もっと広い目で見れば自分にとって新しくて良い事柄だってある」というメッセージにもなっている。なるほど、ここまで聞くとこのビデオでメンバーが目隠しをしている理由もわかる。けれどもNguは、「これは俺達がこのアンダーグラウンドの世界で一生懸命に良い曲を作ろうと努力しても認められない状況も表現している。目隠しは、誰も俺たちの存在なんて感じていない、つまり見えていないということさ」と真情も吐露していた。これまで人を励まし続けてきた彼らでもそういう時が来てしまうのだ。

LASTHOPER「Last June」 Ft.Ton DEZEMBER

2015年12月発表。

ゲストとしてギター・ソロを弾いているのはテクニカル/プログレッシヴ・デス・メタルとして名を馳せる大御所DEZEMBERのギタリストTon。
同年、バンドはWE CAME AS ROMANS(米国のメタルコア)の前座を務めてはいたものの、その後しばらくは新曲の発表はなく、2017年夏の「Everest」「มากแค่ไหน」まで間が空いてしまう。

あの世界最高峰として知られるヒマラヤ山脈のエベレストをタイトルにした「Everest」。最近では登山者の多さが問題になっているようだが、豊富な資金がなくては挑むことは不可能。さらに、空気の薄いデス・ゾーンやクレバスを始めとする過酷な環境が待ち受けている。遠くから眺めればとてつもなく美しいのに、近づけば危険と隣合わせ。けれども、不利な状況ほど人はそれを克服したくなるもの。彼らはエベレストを高嶺の花の女性になぞらえて、「それを手に入れるのは難しいけれど絶望的というわけではない」と言う。さらにもう一つ、「それを叶えることはとても困難だけれども、夢を追い求めるという美しく誇り高いことも同時に表現している」と教えてくれた。

また、この曲ではScreamlab、BIKINIのBannieがプロデュースやエンジニアとして関わるほかに、曲作りにも関与したようだ。楽曲の質も高いと思うが、どうやらバンドにとっても信頼の置ける人物ということで、ライヴにおける音作りもBannieが行うことがあるらしい。

LASTHOPER「Everest」

2017年6月発表。
「Last June」で落ち込んでしまったバンドは「Everest」で再び挑戦する男に立ち戻れたかのように思えた。きっとそれは間違ってはいない。彼らには常にそういう意思があるはずだ。けれども、「มากแค่ไหน」は「Last June」のエピソード2ともいえる内容だという。愛した女性にどれほど尽くしても報われないというなんとも救いようのない話だ。やはりどうあがいても希望はなく、諦めなくてはならないこともあるのだろう。

2018年になると、側にいる人に頼み事をする「ได้โปรด(Please)」、もしそれが大切な思い出なら時の経過によって失われることはないという「ไม่อาจลบเลือน(Can’t Erase)」を発表。ただし、どちらもソフトなバラードだ。Nguは「もっと人気を得ようとして聴きやすい曲を作ったんだ。でも、それって失敗だったかもしれない」と語っている。

そしてついにバンドは一つの決断を下す。この2曲を発表した約半年後の2018年12月にLASTHOPERは活動休止を発表したのだ。

「多くの事柄が山積してプレッシャーになっていて、バンドを結成したあの頃のようには楽しめなくなっていた。だからArtからメンバーに少し休もうと言い出したんだよ。ただし、きちんと連絡は取り合う形でね」

今までを振り返ると彼らのピークはアルバムを発表した2014年あたりにあるのかもしれない。その後、楽曲としての質は向上したものの、思ったほどの反応も得られず、日々の生活でやらなくてはいけないことが多くある中、LASTHOPERとしての活動に意義が見いだせなくなってしまったのか。ともかくバンドは一時停止となった。

それからしばしの時が経過し、突如、2019年11月3日にバンコクで行われるRAMPAGE A.D.という企画に出演することが発表された。このイベントにはSWEET MULLET、OBLIVIOUS、ANNALYNN、UGOSLABIER、STRAY WOLVES、SLEEPING SHEEPのほか、台湾からFLESH JUICER、日本からはSURVIVE SAID THE PROPHETが参加する予定となっている。

バンドにとっては約1年ぶりとなるライヴだ。様々な事情があってのことだろうと思うので、どのような理由とタイミングで復帰となったのか見当がつかないけれども、『幸福論』を著したカール・ヒルティの「苦しみは人を強くするか、それとも打ち砕くかのどちらかである」という言葉を信じるなら、今一度シーンに戻って来ようとした彼らはより強靭になっているはずだ。そして一息ついたことで、まだ自身が息をしていることに気づき、“While I breathe, I hope”の意味を再確認したのだと思いたい。

今後LASTHOPERとしての活動がどうなっていくのかはわからないが、メンバー全員がサイド・プロジェクトも持っている。「各メンバーの動向について詳細は言えないけど近い内に何かニュースを聞くことになるはずさ」とのこと。

補足1:NACARBIDEとギタリスト村川正和(マサ)とピー・サドゥー

『タイのメタルにエールを 第2回』にて触れたタイで活躍する日本人ヘヴィ・メタル・バンド、NACARBIDEの追加情報。
2019年10月12日にマレーシアのペナン州にて開催されたDeathober Fest Ⅱに参加したNACARBIDE。以前から新曲発表間近という情報はあったが、このマレーシアでのライヴに合わせて5曲入りのEPを制作していた。しかし、作業が間に合わなかったことから急遽3曲入りの作品『Resolution』EPとして30枚プレスして販売。見事にすべてを売り切ったという。この30枚という数字を聞いたら少ないと思ってしまうかもしれない。しかし、この企画に登場したバンドのほとんどはデス/ブラック・メタル、デスコア、メタルコア系であり、80年代ジャパメタの雰囲気を伝える正統派のヘヴィ・メタルを貫くNACARBIDEとしてはかなり厳しい状況だったのではないかと想像してしまう。けれども実は、NACARBIDEはこの日のヘッドライナーを務めたうえにかなり会場を盛り上げたようだ。そして『Resolution』EPを売り切ったのだから見事なものだと思うのだ。

残念ながらこの3曲入りのEPは再販するつもりはないようなので、手にしたマレーシアのファンは非常に幸運だった。もちろんバンドはEP、もしくはフル・アルバムという形で近い将来音源を発表してくれるはずなので、それまではYouTubeにアップされるであろう新曲を聴いて待つことにしたい。

NACARBIDE「Run」トレイラー

2019年10月9日に公開された先行お試し動画。
ところでこのNACARBIDEのギタリストを務める村川正和、通称マサは、ピー・サドゥー(P-Saderd/พี สะเดิด)が10月3日に発表した「จำปา」というミュージック・ビデオに参加してギターを弾いている。

早速どんなものかご覧頂きたい。

ピー・サドゥー(P-Saderd)「จำปา」

2019年10月3日発表。

民謡のようなメロディとダンサブルなリズム、ロックなギターをバックに可愛い女の子とゾンビ・メイクの人たちが踊るという、この手の音楽に馴染みがなければ頭が混乱する一発。一瞬モーラム版スリラーかと思ってしまった。
ところで、タイトルの“จำปา(Jumpa)”の意味を調べると黄色い花を咲かせる香りの高いキンコウボクという樹木が出てくる。これは仏教とも関連が深い木なのだが、どうも映像と噛み合わない。そこで、ピー・サドゥーとマサの両氏に助けを依頼した。
マサの説明によると、「確かに直訳はキンコウボクですが、タイ東北部及びラオス地方では女性の名前に使われており、この曲では女性の幽霊のこと(名前)を表しているようです」とのこと。
そして作曲者ピー・サドゥーは、「これはイサーン・ロックとダンスを融合させた曲で、人々を元気づけようとしているんだ。辛いことや悲しいことを忘れるためにしばし踊りましょうって言っているのさ」と教えてくれた。
つまり、落ち込んで元気がない人々に向かって、辛いことはもちろん、死すら忘れるほど開放的になって踊ろう!そしてまた明日から頑張ろう!というメッセージがこの曲にはあるのだと思う。
「なんじゃこりゃあ!?」と思った人がほとんどかもしれない。このページを覗きに来てくれているのはメタル・ファンがメインだろうからそれは仕方がない。けれども、このピー・サドゥーという人物はかなりの有名人。その証拠に公開から3週間足らずで100万再生突破という驚異的な視聴回数を叩き出している。

そのピー・サドゥーは現在バンコク在住ではあるものの故郷はタイ東北部(イサーン)のコーンケン県チュムペー郡。あまり馴染みはない地名かもしれない。しかし、「イサーン料理で有名なあの地方の一部」と言えばエスニック料理好きなら少しは親しみが湧くだろうか。

そして音楽に関してこのイサーンは細かく見れば様々なスタイルがあるのだが、大雑把に言っていちばん有名なのはラーオ族の民族音楽モーラムということになる。詳しい説明は省くけれど、細い竹を組み合わせた笙のような管楽器ケーン(MV「จำปา(Jumpa)」の冒頭に登場)の使用やラップのような語りが特徴となっている。しかし時代とともに西洋的なバンド・サウンドになったり、あらゆるジャンルの音楽を飲み込んで、もはや民族音楽と言うよりも万華鏡並の辺境カオス・ポップスとなっている気がする。そのうえ、民謡のような地方色の味わいが濃い大衆歌謡的なルークトゥンが盛んな地域のひとつでもある。これまた大衆歌謡らしくダンスからロックまでごった煮状態のサウンド。さらにモーラムとルークトゥンも入り混じってますますややこしく……否、楽しくなっていく。どちらにしろ我々外国人にとってはその田舎感とハチャメチャ感が面白く、ここ日本でも取り憑かれている音楽マニアは多い。

とにかくそんな地域でピー・サドゥーは育ったのでその辺りの音楽に影響を受けるのは当然だが、その他にも若い頃はポンシット・カムピー(Pongsit Kamphee)にも入れ込んでいた。ポンシット・カムピーは80年代後半にデビューしたタイ東北部ノーンカーイ県出身のシンガーでジャンルはプレーン・プア・チーウィット(生きるための歌)というカテゴリーに入る。生活密着型のフォーク・ロックというか、社会派。例えば、ボブ・ディランのようなプロテスト・ソングを主に歌うスタイルだと説明されることが多い。これならイメージが掴みやすいだろうか。このカテゴリーのバンドということならば、来日経験もあるCARAVAN(カラワン)やCARABAO(カラバオ)が有名だ。曲によってはかなりロック寄りなので興味があればそちらも聴いてみて欲しい。

さて、ピー・サドゥーはロック・サドゥーというモーラムにロックを取り入れたグループのギター兼ヴォーカルとしてモーラムやルークトゥン系の音楽に力を入れていたPGM Recordsよりデビューする。出したアルバムの中には500万枚以上売り上げた作品もあるほど人気があった。その後彼は単身、最大手のGMM Grammy参加のレーベルへと移籍。2002年よりソロ・アルバムを発表。イサーンを代表する新世代のミュージシャンのひとりとして活躍、数々の賞を受賞していく。

マネージャーの説明によるピー・サドゥーの音楽は、「イサーン音楽にロックを混ぜたイサーン・ロックで、ギター・ソロも生まれた土地とこれまで培ってきた経験によって独自のスタイルを持っている」とのこと。正直なところ、日頃メタルを聴いている人にとってロック・サドゥー時代の音楽は大人しく感じてしまうだろう。しかし、ソロになってからは明らかにメタリックな要素が増している。すべての曲がそうだというわけではいのだが、時折顔を出すヘヴィなギター・リフや、イサーン的メロディでメタル魂感じるギター・ソロは聴く価値十分ありだ。もちろん1曲通してメタル・ファンの耳でも楽しめる曲もある。例えば、「คักแท้น้อ (Hardcore Esarn)」「ปลาร้าขาร็อก」「หมายกหาง」「จ่อคิวมิด」「ศักดิ์ศรีลูกอีสาน」「เกลียดความโสด โกรธความเหงา」「ตายรัง」「อย่าทำเรื่องง่ายให้เป็นเรื่องยาก」「มาให้ผมไหว้ซะดีดี」「ทุกชีวิตมีสิทธิ์ฝัน」などの曲はぜひ聴いて頂きたい。ヨーロッパ圏のフォーク・メタルとはだいぶ雰囲気が異なって聴こえたとしても、これもまたフォーク・メタルである。

ピー・サドゥー「เกลียดความโสด โกรธความเหงา」

この世界観にハマるメタラーもいるはず。
さて、そんなピー・サドゥーとマサは知人の紹介により2015年の5月に出会った。彼がタイに移住したのが同年1月なので移住して間もない時期だ。その時はピー・サドゥーのスタジオでセッションをして、「いつかステージで一緒に演奏をしよう」と話をしたという。しかし、マサはNACARBIDEを結成したことにより彼と会う機会はほとんどなくなってしまった。そんなある日、ピー・サドゥーから2017年の年末カウントダウン・ツアーの誘いがあり、東北部のウドーンターニー県とコーンケン県でのライヴに参加してギターを弾くことに。

2人の交流関係はこのようにして始まったのだとマサから教えてもらった。そして今ではライヴで数曲演奏するどころかビデオ・クリップにも登場するほどになっているということは、ピー・サドゥーにとってマサはかなりお気に入りのギタリストなのだろう。事実、約25曲もライヴで演奏する曲のリストが送られてきて「いつかバンドに加わって欲しい」と勧誘されているのだとか。マサもこの件については真剣に考えているらしく、将来的には正式メンバーになる可能性もある。

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一番左端がギタリストのマサ
メタルに侵された頭では、「ピー・サドゥーの楽曲がもっとメタルよりになったら最高だなぁ」などという安直な考えしか思いつかないのが悲しい。しかし、そうはならなくとも音楽に対する姿勢が柔軟かつユニークな両者の出会いから何か新しいものが生まれるのではないかと期待せざるを得ない。

補足2:BULLETGUYZ

こちらもまた、『タイのメタルにエールを 第2回』にて触れたBULLETGUYZに関する追加情報。
NEVERLANDのTommyとSIXTY NINTHのOliによって結成されたのがBULLETGUYZ。

NEVERLANDのヴォーカリストに関して『タイのメタルにエールを 第2回』ではTomとして紹介したけれど、こちらではTommyと表記する。彼のニックネームはTom、Tommy、Tomy、Tommiiなど様々な表記が混在しおり少々扱いづらいのだが、サポート・メンバーとしてTomという人物が加入したので差別化を図るためTommyに変更した。

BULLETGUYZはプロジェクト・バンドである。Tommyはメロディック・パワー・メタルのNEVERLAND、Oliは80年代スタイルのハード・ロック/ヘヴィ・メタル・バンドSIXTY NINTHにて共にヴォーカルを務めているが、グラム・メタル好きという点が一致したことから2018年にBULLETGUYZを始動。ライヴではカヴァーを演奏しつつもオリジナル曲の制作に取り掛かり始めた。なお、Tommyはこのプロジェクトではギタリストを務めている。

Oliは、「弾丸のような速度と破壊力。そういう力強さを持ったヘヴィな男たちってことさ」とバンド名に込められた意味を話してくれた。ベタな単語が並んでいるだけとは言ってもBULLETGUYZとは良い名前だ。瞬間的にベテランのBULLETBOYSを思い浮かべるであろうし、スウェーデンやドイツのBULLETも良作を発表しているバンドなので良いイメージがあるうえに親しみやすい。

ちなみにOliのSIXTY NINTHは2013年にバンド名を冠したアルバムを発表。当然オリジナル曲を持ってはいるものの、パブなどで演奏する時はもっぱらカヴァーだという。どんな曲を演奏しているかというと、HI-ROCKやTHE SUNといったタイの大御所はもちろん、SKID ROW、GUNS N’ ROSES、AC/DC、LINKIN PARK、IRON MAIDEN、DISTURBED、LED ZEPPELIN、BON JOVI、AVENGED SEVENFOLD、SYSTEM OF A DOWN、X JAPAN、METALLICAなど、酒場で誰もが楽しくなれるバンドを選んでいる。

そんなOliはSKID ROWのセバスチャン・バックが大のお気に入りということで、声質は違ってはいても彼の熱いシャウトにはセバスチャン譲りのスピリットが含まれているのかもしれない。また、BULLETGUYZとしては、MÖTLEY CRÜE、X JAPAN、LOUDNESS、CINDERELLA、POISONといったバンドをフェイバリットに挙げているので、彼らの音楽性は容易に想像できるだろう。

そしてついに、『タイのメタルにエールを 第2回』の時点では製作中だった音源が10月に発売された。アルバム・タイトルはズバリ、『We Wanna Rock You!』。彼らはアルバム・リリース・ショウを10月11日に開催、アルバムの売れ行きも上々のようだ。

まぁ、ごちゃごちゃ言うよりこの手の音楽はとにかく聴いて体で感じるほうが良い。アルバムからの先行シングルとして発表された「We Wanna Rock You」をどうぞ。

BULLETGUYZ「We Wanna Rock You」

2019年9月発表。
今更ながら、やっぱりこの手のバンドは無条件に楽しめる。言いたいことは、サビに登場する「We wanna Rock you. Rock will Neverdie」がすべてだ。スーツの下に溜め込んだ日頃のストレスは、こういう「ディストーションの効いたサウンド!激しいリズム!雷鳴のようなシャウト!イヤーッ!」ってな感じのどストレートなロックで解消するのがいいだろう。この曲はまさにそのためにあるようなものだ。ただ、彼らの書く詞はすべてがパーティ・ソングというわけではない。「これまでの人生で経験してきた良いことや悪かったことも含まれているから日記のようなもの」だとも言っていた。アルバムに収録された10曲中5曲が英語で残り5曲がタイ語で書かれているので、すべては理解しづらいかもしれないが、機会があれば歌詞にも目を通して見るのも良いだろう。

さて、TommyとOliが中心となって始めたこのBULLETGUYZ。現在はサポート・ミュージシャンを入れて5人で活動を行っている。一応名前だけ記しておくと、Oli(ヴォーカル)、Tommy(ギター)、Bank(ギター)、Tom(ベース)、Jazz(ドラム)。なお、Jazzは演奏技術も高く、元PAPER PLANEで現在はDEATHGUYでも活動している人物だ。

彼らの目的は、「あの輝かしい80年代のグラム・メタルを今に取り戻すこと」なのだとか。是非ともこのBULLETGUYZには、昨今低迷気味のタイのメタル・シーンに弾丸をブチ込んでド派手な風穴を空けてもらいたい。


『タイのメタルにエールを 第11回』へとつづく。