タイのメタルにエールを 第4回

アジアのメタルシーン
近年、タイのメタル・シーンが低迷気味だと聞く。けれどもユニークな個性を持ったバンドは存在しているはず。タイのバンドが持つ魅力を発見して外側から応援して欲しい。
今回はメタルコア、ポストハードコア周辺のバンドのパート1。

メタルコア、ポストハードコア、ニューメタル、モダンロック系 パート1

やはり今を代表する音だからであろうか、他のメタル系よりも比較的ライヴの回数やファンも多く、近年落ち込んでいると言われるタイのメタル・シーンにおいては活気があるように見える。

もちろん頻繁にアルバムを出しているバンドはほとんど存在しないが、質の高い楽曲を作れるバンドが多く、昨今は国外からの注目を集めるバンドもかなり増えてきている。

しかしながら、現場のミュージシャンのなかには、「エモやメタルを聴いていたキッズたちはここ5年でヒップホップとインディ・ミュージックへ鞍替えしている。正直言って"危機的状況"だよ」と証言する者がいることも確かだ。

ここでは、有名どころからちょっとマニアックなところまで織り交ぜて紹介していく。今、もっとも時代に沿った音を生み出す彼らの中から世界で活躍するスターが誕生する可能性もあるだろう。それを見つけ出すのはあなた達だ。

RETROSPECT

2001年の結成時はインダストリアル系のエクストリーム・メタルだったということだが、2003年の自主制作のデビューEPでは非常に荒々しいニュー・メタルっぽさもあるメタルコアになる。

その後、最大手であるGMM Grammy傘下のGenie Recordsに所属し、ファースト・アルバム『Unleashed』を2007年に発表。バンドがこの頃から目指したのが、エモ・ロックにヘヴィ・メタルのエッジと甘いメロディをとりれるスタイルだ。

名声が一気に高まる中、露出も増えてLINKIN PARKのバンコク公演の前座も務めている。しかし、それだけには終わらなかった。2008年にはセカンド・アルバム『Rise』を発表し、2009年にはメタル・バンドなら誰もが憧れるWacken Open Airに出演するという快挙を成し遂げた。

その後バンドは順調にサード・アルバム『The Lost Souls』を2010年に発表し、タイのトップ・バンドとして確固たる地位を築いていく。

RETROSPECT「Yes,Sir!」ライヴ

Wacken Open Air 2009出演時のパフォーマンス。
「Yes,Sir!」は2008年発表の『Rise』収録。
最新作は2017年に発表された『Pathfinder』。かなりポップでお洒落な曲も増えているが、モダンさを増したヘヴィな曲も素晴らしい。その昔、とあるレーベルから契約の話を持ちかけられたが、ソフトな曲を書くことが条件だったので、その誘いを蹴ったという逸話もあり。そんな彼らの心意気は未だ健在だと言えるだろう。

なお、2017年7月に、この作品に伴うツアーで日本を訪れている。

RETROSPECT「หักหลัง (Betrayed) 」

2015年にシングルとして、そして2017年の『Pathfinder』にも収録されたヘヴィな一発。

ANNALYNN

この字面が良いバンド名は、メンバーのお気に入りバンドのひとつであるDEFTONESのドラマーAbe Cunninghamの元妻の名前Annalynn Sealに関連しているものの、そこに何か特別な意味があるわけではない。実は、大学の音楽コンテストに参加する時にバンド名が必要になって、無作為に選出したものを引き続き現在も使用しているのだという。

そんなANNALYNNだが、タイのバンドの中で最も日本のメタルコア・ファンにその名が浸透しているのではないだろうか。

2017年に10月21日にCRYSTAL LAKEが主催するTRUE NORTH FESTIVALで初来日し、2019年1月23日にはWHILE SHE SLEEPSのアジア・ツアーに帯同する形で再来日。さらに、本国よりやや遅れながらも、ファースト・アルバム『Stare Down The Undefeated』が2017年12月6日、『Deceiver / Believer』 EPが2019年3月6日にBAKU-ON.fb / RADTONE MUSICより日本盤として発売になっている。

バンドの結成は2003年。2000年代初頭はちょうどタイではニュー・メタルからメタルコアへの転換期に当たり、メタルコア第一世代が生まれた頃だ。最初の10年程は、わずかながらスウェディッシュ・デス・メタル風のフレーズも入り混じっていたが、徐々にギャング・コーラスやヘヴィなブレイクダウンを取り入れて低音を勇ましく響かせるサウンドへと変化していく。

特に『Deceiver / Believer』 EPで見せた進化は衝撃的で、新しいギタリストとしてBossというジャズを学び、KHOKDINというエレクトロ・ロック・バンドでも演奏していた人物が加入したことがきっかけとなってANNALYNNはより重低音を効かせたスタイルへと突き進む。実際、このEPを制作した時は、5弦ベースに、二人のギタリストは7弦と8弦ギターを使用。2018年末には8弦ギターと9弦ギターを持ち出し、2019年1月に発表された「Welcome To The Crew」PVでは地割れしそうなほどヘヴィなサウンドを生み出した。

白人のバンドが創り出す鉛の壁のようなヘヴィさとタールの塊のようなうねりは、アジア圏のバンドではあまり見られないが、彼らはそれに肉薄するところまできている。

ANNALYNN「Welcome To The Crew」

2019年1月に発表されたPV。
打ち込みを使用したり、ラップを取り入れている。
「ANNALYNNはニューメタル世代のミュージシャンだから、何か新しい要素を入れるならば、ラップがハマるだろうと踏んだ」とのこと。
しかし、そういう音楽面以外でも彼らが注目と支持を得る理由がいくつかある。

まず、順調に作品を発表できていること。しかも、アルバム『Stare Down The Undefeated』では、「Dead Weight」に米国のTHE GHOST INSIDEからJonathan Vigil(ヴォーカル)、「Never Coming Down」に日本のCRYSTAL LAKEからRyo(ヴォーカル)。

さらに『Deceiver / Believer』 EPでは、タイトル・トラックに米国のFOR THE FALLEN DREAMSのChad Ruhlig(ヴォーカル)をフィーチャー。さらに、CALIBAN、HATEBREED、MISERY SIGNALS、CHILDREN OF BODOM、THY ART IS MURDERといった大物バンドの前座に起用されていることから露出や注目を集める話題性は十分。

ANNALYNN「Deceiver / Believer」

『Deceiver / Believer』よりFOR THE FALLEN DREAMSのChad Ruhligをフィーチャーしたタイトル・トラック。
もちろん、ライヴ・パフォーマンスも鍛え上げられている。初来日の時は、まったくと言っても良い程その存在を知らない日本の観客は最初戸惑いを隠せなかったが、徐々に彼らの音に身を委ねる人が増えていき、手を上げて飛び跳ね、最後は拍手が起こっていた。厳しい状況下であってもバンドに目を向けさせることができる力を持っていることの証明だったと思う。

また、歌詞も支持を得る理由となっている。弱者、敗者、除け者となってしまった人々に手を差し伸べ、今一度胸を張って歩んでいくことができるように鼓舞する。それは過去に辛い経験をしてきたメンバーだからこそ書くことができるものだ。誰だって打ちのめされて身動きが取れなくなってしまうことはある。彼らの力強いメッセージとサウンドに勇気づけられ、ファンになった者も少なくないのだろう。

実はそんなバンド自身も戦いの最中にいる。「バンドを始めた00年代はまだ多くのメタルコア・バンドが毎週コンサートを開催していた」とベーシストのEakは当時を振り返る。けれどもタイのリスナーを左右してしまうのは英米の流行であり、近頃はヒップホップとEDM(エレクトロニック・ダンス・ミュージック)がタイのメインストリームになっているとのこと。

やはり彼らもメタル・シーンの低迷を身をもって感じている。とは言え、「今は大変な時期だけど俺達はこれを乗り越えなければならないんだ」と前向きな発言と積極的な活動を続け、2019年末には新作を届けてくれそうな気配を見せている。

NOBUNA

ここ数年注目を浴びている若手のひとつがNOBUNA。

まず最初に思うのは名前の奇妙さだろう。実はこれ、織田信長の名前からキャッチーさを優先して一部を抜粋したもの。これはドラマーのVirgilの発案で、彼は日本の文化に造詣が深く、漫画やドラマはもちろんのこと、戦国時代も好きだという。このバンド名にした理由は、天下人である織田信長の目指したところとメンバーの抱いている夢には共通点があるからとのこと。これはなかり熱いではないか。

ちなみに、このバンドの誕生自体も少し変わっている。Virgilは、大学卒業時のプロジェクトでミュージック・ビデオを制作することになり、当時バンド活動をしていなかった彼は、周りにいた友人たちを誘ってNOBUNAプロジェクトを開始。

2015年5月に「The Rise」というビデオを発表したところ、かなり評判が良かったので、バンドとして継続することを決めたという。その後順調にシングルを発表しながら知名度を上げていき、2017年には早くもファースト・アルバム『Divide The Skyline』を発表するに至った。

ラップ、スクリーム、クリーン・ヴォーカルを取り入れる彼らは、「昔のLINKIN PARKをヘヴィにしたヴァージョンなんじゃないかな」と自分たちのバンドの音を分析しているが、LIMP BIZKIT、DEFTONES、THE USED、THRICE、LOSTPROPHETSといったバンドから、日本のONE OK ROCK、LUNA SEA、X JAPAN、coldrain、MY FIRST STORYまで影響を受けている。よって、かなり日本人には耳馴染みのあるキャッチーなポストハードコア系の音を出すバンドではないだろうか。

NOBUNA「Gravity」

2017年の『Divide The Skyline』より。
さらに、ちょっと面白い試みもしている。
AKB48グループ一派でバンコクを拠点にするBNK48が2018年に「恋するフォーチュンクッキー」で大ヒットを飛ばした。それを受けてNOBUNAはロック・ヴァージョンがあってもいいじゃないかと、がっつりヘヴィにアレンジしてビデオを発表。

NOBUNA「恋するフォーチュンクッキー」(カヴァー)

ひょっとしたらそんな彼らの行動を見て「日和ってるのでは?」と疑念を抱く一部のロック/メタル・ファンもいるかもしれない。確かにメンバーの中にはその類のガールズ・グループが好きな人もいるようだが、事実は逆だ。

「タイのロック/メタル・シーンの状況は悪い。ただ、そんな状況においても俺達のように"ロックの時代"を取り戻そうとしている新しいバンドはいるんだよ。俺たちがやらなきゃ誰がやるんだい? 何があろうとロックを消滅させはしないぜ」

そう彼らは言っているのだから。

2019年はセカンド・アルバムを発表する予定で、昔からのファンを驚かせるような進化を遂げた作品なっているらしい。しかも、日本でのライヴも視野に入れているとか。
NOBUNAの野望やいかに。

NOBUNA「Rocketship」

2019年3月発表のシングル。
若い世代を虜にできるイマドキの売れる音を存分に詰め込んできた。

DEFYING DECAY

先に紹介したNOBUNAの「Gravity」にスクラッチが入っていたのはお気づきになっただろうか。彼らのアルバム『Divide The Skyline』では数曲でスクラッチが挿入されている。実はそれらの曲でターンテーブルを操っているのが、このDEFYING DECAYの中心人物にしてヴォーカル、ギター、ターンテーブル、シンセサイザーその他のエレクトロニクス機材を担当しているJayなのだ。

すでにJayは2010年から曲作りを開始していたと聞くがバンドとしてのスタートは2011年。バンコクで開催されたLINKIN PARKのコンサートでのファン同士の出会いがバンド結成へと結びつく。

LINKIN PARK、BULLET FOR MY VALENTINE、DEFTONESなどのカヴァーを行いながら、LINKIN PARKやPRODIGYのようにエレクトロ要素を入れたスタイルで通常のバンド編成では出せない感触を基本コンセプトとした。このあたりは多分にJayの好みが反映されている。

そして2015年。メンバーは流動的だったものの、Jayが高校生の頃から書き溜めた曲の集大成として『All We Know If Failing』というファースト・アルバムを発表するに至った。

本作は、人類はいかに簡単に地球という惑星全体を破壊できてしまうのかという世界の終焉を描いたコンセプト作品。それをスクラッチやエレクトロ要素を入れたメタルコア/ポストハードコア系のサウンドで表現している。当時このようにターンテーブルを使用したメタル・バンドは珍しかったはず。なお、マルチな才能を持つJayは本作をセルフ・プロデュースで自宅で制作した。ただし、ミックスとマスターに関しては、MISS I MAY、EMMURE、ASKING ALEXANDRIAなどを手掛けたことで知られるJoey Sturgisである。

DEFYING DECAY「No Line On The Horizon〜Sand Storm」

2015年9月に行われたライヴ映像。
その後バンドは積極的に海外ツアーを開始する。例えば、2016年には中華圏やシンガポール。2017年にはシンガポール、フィリピン、台湾の金門。シングル「Existence Of Extinction」発表後の2018年にはロシア、中国といった具合だ。

ちなみにその間、おそらく2017年後半あたりに、DEFYING THE DECAYというバンド名からDEFYING DECAYへとちょっとした改名をしている。そのきっかけは、バンドのミュージック・ビデオを手掛けたディレクターの助言ということだが、よりスッキリしてタフだということ、そしてなによりも音楽的にファースト・アルバムの頃の音よりも格段に成熟しているので、この改名は新たなスタートという意味合いがあるのだという。なお、もともとこのバンド名に決定した理由は、最初の単語の出だしがDEF...から始まるので、レコード店やアルファベット順に並ぶアーティスト・リストなどにおいて、Jayの大好きなDEFTONESの次になる可能性があるからだという……。

さて、それはともかく、2018年後半になるとセカンド・アルバムが2019年前半に計画されている旨が発表される。しかもそのタイトルは『Metamorphosis』。Jay曰く、「今回のアルバムは単に成長という言葉では表現しきれない」ということだが、その変化の度合いはこのアルバム・タイトルに表れているのがよくわかる。

では、一体どうなったのか。それは2018年の年末に発表されたファースト・シングル「Ghost」のビデオを見れば感じられるかもしれない。いつもとは異なった作曲法をとったらしく、これまでになくソフトでエモーショナル。そしてストリングスがとても効果的に楽曲をサポートしている。これは確かに大きな変化と挑戦であり、Jay自身も今回のアルバムで一番のお気に入りだとか。

さらに、日本人として興味を惹かれる部分がこの歌詞。アイデアの源泉となったのは、Jayがロンドン留学中に映画館で見た日本のアニメーション映画『君の名は。』だという。彼は日本のアニメに興味を持っており、「欧米の作品よりも話の筋が複雑で良くできていて実写では不可能な部分を上手く表現している」と評価している。

そしてこの「Ghost」の歌詞について尋ねてみたところ、「誰かに恋をしていると思う時がある。けれどもそれは自分が描いた幻影、もしくは記憶の中、過去の人に対する想いであって、実際には今は別々の道を歩んでいる人」ということが背景にあるようで、Jayの古い経験もわずかながら歌詞には込められているようだ。これは映画を見た人ならより理解できる内容とのことなので、興味があれば両方を視聴してほしい。

DEFYING DECAY「Ghost」

2018年11月に発表されたシングル。
『君の名は。』に触発された曲。
2019年1月になるとセカンド・シングルとして「Judas Kiss」というビデオを発表。アルバムでもっともヘヴィだというこの曲はエレクトロ要素を強く打ち出した曲で、THE PRODIGYや90年代レイヴの感覚、ダークな感触はNINE INCH NAILS的でもある。ここで使用されている映像は、エイリアンにインスパイアされ、宇宙人と人間のハイブリッドの出現を描いた『APEX』という短編映画で、ディレクターを務めるStuart Birchallの手によるもの。チロチロと舌を出しながらヌメヌメとした生物が近づいてくるような嫌な雰囲気とピタリとハマっている。

DEFYING DECAY「Judas Kiss」

2019年1月に発表されたヘヴィでダークなシングル。
Stuart Birchallといえば、BRING ME THE HORIZON、BULLET FOR MY VALENTINE、CRADLE OF FILTH、ARCHITECTSのビデオを手掛けていることで知られる人物であり、ダークな雰囲気を演出するのは彼の得意とするところ。

そのStuart Birchallに関しても、Jayはロンドン留学の際に数人のディレクターに連絡を取ってみて一番興味を持ってくれたのが彼であり、実際に会ってみたらクリエイティヴな面で非常に上手く噛み合ったということで、2018年のシングル「Existence Of Extinction」の頃からタッグを組んでビデオ制作を行っている。

Jayは優秀な人物をつかまえる術に長けているのか、今回の『Metamorphosis』のプロデューサーはMatt Hyde。彼はこれまでにBEHEMOTH、DEFTONES、CHILDREN OF BODOM、SLAYERなどを手掛けてきたベテランなので、良い曲にするための秘訣など多くを学びとることができたという。

さらに今回のアルバムでベースを弾いているのは元FUNERAL FOR A FRIENDのRichard Boucher。JayはFUNERAL FOR A FRIENDが2016年にロンドンで行った最後のコンサートにも足を運んでいて、その後、ソーシャル・メディア上で彼がセッション可能という情報を得て連絡を取ったとのこと。

ちなみに、現在(2019年上半期)、ドラマーの座も不安定であり、脱退してロンドンに移ったReymazという人物や、セッション、もしくはツアー・メンバーとしてフランスのメタルコア・バンド、BETRAYING THE MARTYRSで叩いていた経験を持つMark Mironovを起用しながらレコーディングやライヴを行っている。

こう見るとメンバーには少々苦労しているように感じる。それもそのはず、このDEFYING DECAYは、結成当初のメンバーがインターナショナル・スクールの仲間だったので、時間が経てばどうしても進む道がバラバラになるのは必然であり、しっかりとメンバーが固まったことがないのは致し方ないところなのだ。ただ、Jayによれば、そろそろ正式なメンバーを固定する意志はあるとのこと。
2019年初頭の活動としては、バンドはニュー・アルバム発表を目前に控え、ツアー第一弾として、2019年3月に母国を含め香港、中国をツアー。6月下旬からはBETRAYING THE MARTYRSと共にアメリカ・ツアーを約一ヶ月間行う予定だ。

ところで、今回のツアーで彼らの新しい音にいち早く触れた人たちは少々の戸惑いもあったようだ。ファースト・アルバム時のツアーを体験して強く印象に残っていた一部の中国人はゴリゴリのメタルコア・サウンドを期待していたようで、バンドが新たに舵をとった方向性にショックを受けて否定的なコメントもあったという。新たなファンも獲得できた一方で、リスナーの一部には「DEFYING DECAYはメインストリームのロック・バンドになってしまうのではないか」と言っている人達もいるらしい。それに対してJayは、「でも俺達はそういったメインストリームのバンドよりもさらにテクニカルでエレクトロニクス面でも実験的なんだ。それに、この変化は俺が望んでいたものだからこれでいいんだよ」と言い切っている。

そう言われてみれば、2018年からはDJ、ヴァイオリン、ディジュリドゥを担当するTheon Adamという人物が加入している他、ファースト・アルバムの頃から在籍しているギタリストのJumpはピアノも弾くことができるので多彩で実験的なサウンドが演出可能なのは事実だろう。

ところで、このように積極的に海外ツアーを行っているのは彼らがインターナショナル・スクール出身、そして今は様々な国のメンバーを起用した布陣で活動しているから言語の心配がないということもあるだろう。

しかしそれだけではなく、タイのメタル・シーンの低迷というのもその背景にはありそうだ。彼らがバンドを開始した頃はまだアンダーグラウンド・シーンでメタルがそれなりに人気があった。けれども最近ではラップとヒップホップだらけ。さらには垣根を作る傾向があるようで、パンク・ファンはパンクだけ、ハードコア・ファンはハードコアだけをサポートして広い心で音楽を聴く人が少ないらしく、Jayに言わせれば、このような状況ではとても素晴らしいとは言い難いとか。

さらに彼は「俺たちのバンドは歌詞も英語だし、タイでみんなが聴いて楽しんでいる音楽よりもかなり実験的な音楽だから受け入れてもらうのは厳しいね」と嘆いていた。このような状況もあって海外ツアーを積極的に行っているのではないかと勘ぐってしまった。

……ところが、だ。Jayは6歳の頃に、国民からの人気が高かったラーマ9世(プミポン・アドゥンヤデート国王)の配偶者であるシリキット王妃の前で歌うという非常に栄誉ある経験をしている。そして、「王妃の前でやれたのなら世界中の大観衆の前でもきっとできるはずだ」と思った彼は演者になることを決意。そう、彼はこの時点ですでに世界を目標に将来を見据えていたのである。

よってDEFYING DECAYは、タイという一つの国の枠どころか地球規模のグローバルな活動をする星の下に誕生したバンドであったということになるわけだ。

LAST FIGHT FOR FINISH 

タイにおいて正式にDJをメンバーに加入させてラップやターンテーブルを導入しているメタル・バンドはかなり限られており、先に紹介したDEFYING DECAYの他に、このLAST FIGHT FOR FINISHというバンドが存在している。

00年代後期にアルバムを2枚出して活動していたメタルコア/オルタナティヴ・メタル/ポストハードコア系のOBLIVIOUSというバンドは、メンバーの仕事や家庭の事情が原因で活動を一時的に休止することになった。しかし、ヴォーカリストのArtは、この機を利用して彼の好きだったラップコアを演奏するため、2011年に新たなバンドを立ち上げる。それがこのLAST FIGHT FOR FINISH(略称はLFFF)である。

Artいわく、「このバンド名には独立や自立といった意味が込められている。俺たちは死ぬまでの間、懸命に厳しい戦いを続けなくてはならない。それはまるで人生を成功させるため、もしくは勝者になるための最後の戦いのようなものだからさ」とのこと。

翌2012年には「I Will Stand Again」という力強いタイトルのシングルでデビュー。この時点ではまだラップ色はなく、クリーンとグロウル・ヴォーカルを使い分ける一般的なメタルコアであり、大きな注目を集めるには至っていない。

ところが、運は徐々に彼らに味方していく。映画マニアにはお馴染みだが、タイのホラー映画が持つ恐怖のクォリティには定評がある。幸運なことに、2013年に『The Horror Line』という映画に使用される曲を手がける機会を得た。バンドの持ち味であるパワフルなサウンドにPP'DREAMSというラッパーをフィーチャーして、信念、信仰、そして死について歌った歌詞は映画の内容にぴったり合っていたという。しかし残念なことに、その映画には攻撃的で暴力的な部分が含まれているという理由からタイの文化省が公開禁止にしてしまったと聞いた。はたしてそれほどまでに凄い描写だったのだろうか。これまでかなりエグい作品も公開されてきたと思うのだが……。

『The Horror Line』オフィシャル・ティーザー

2分半ほどの予告動画だが、映画の雰囲気とLFFFがどんな曲を提供したかがなんとなくわかるかも。
バンドはこの頃から有名ラッパーとコラボレーションしていくことが増えていく。とくに、来日経験もあり日本人との交流もあることで知られる超有名ヒップホップ・グループTHAITANIUMのDayをフィーチャーした曲を数曲発表している。どうしてそんなにも彼を起用するのかと疑問だったが、音楽スタイルや生活スタイル、性格、アイデアなどを総合して考慮した結果、一緒にやっていけると確信したというのと、なによりも彼の強力なパフォーマンスをArtがお手本にしていたということが理由だった。そんなDayとバンドは、今ではちょっとした家族みたいな親密な間柄になっているとか。

さて、そのDayを起用したひとつに「มวยไทย(Muay Thai)」という曲がある。この曲はタイトルそのままズバリ、タイの国技であり世界的にも有名な格闘技のムエタイをテーマにしたもので、これまでの歴史や技の名前などが歌詞に登場している。実はArtは昔から大のムエタイ好きだったということで自然とインスピレーションが湧いてきたようだ。そしてこの曲は、2010年から新しく始まったムエタイの大会THAI FIGHTの関係者の目に留まり、2015年に歌詞を若干変更して試合のオープニングに使用されることになった。

LAST FIGHT FOR FINISH「THAI FIGHT」 feat. Day THAITANIUM

さらに2018年になると、ラップを取り入れた米国のデスコア/メタルコア・バンドとして絶大な人気を誇るATTILAのバンコク公演の前座を務める機会にも恵まれた。

このように見てみると、比較的チャンスの多い活動になっているように思う。ヘヴィではあるもののタイで現在人気のヒップホップ/ラップも当初のコンセプト通り取り入れているのでメインストリームに片足突っ込むことも可能かもしれない。しかし、Art自身は、「有名になりたいわけじゃないし、俺たちだけで今このバンドをやれていることで幸せだし誇りに思うんだ」と言う。

とはいえ、音源に関しては、まだシングルを単発でYouTubeにアップしているのみ(2019年6月現在)である。おそらく、もう十分にアルバム一枚分くらいの曲は揃っているだろう。実際Art自身も近い将来アルバムの制作も一応は考えているという話をしていた。

結成当初から比べると、メンバーも入れ替わり、メタルコアだった音楽性もDJを加入させることでより幅が広がって、今はニュー・メタル/ハードコア・バンドとなっていると言っていた。よりユニークでヘヴィなアルバムが期待できるだろう。

LAST FIGHT FOR FINISH「Still Alive」

DJ加入後の2018年に発表されたシングル。

OBLIVIOUS「Blacksmith」

なんとArtがLFFF以前に活動していたOBLIVIOUSが2019年3月に新曲を発表。10年以上振り!
若干のメンバー・チェンジはしているものの、Artはシンガーの座についている。


『タイのメタルにエールを 第5回』へとつづく。