タイのメタルにエールを 第7回

アジアのメタルシーン
近年、タイのメタル・シーンが低迷気味だと聞く。けれどもユニークな個性を持ったバンドは存在しているはず。タイのバンドが持つ魅力を発見して外側から応援して欲しい。
今回はメタルコア、ポストハードコア周辺のバンドのパート4。

メタルコア、ポストハードコア、ニューメタル、モダンロック系パート4

SWEET MULLET

なんでも最近は80年代風のファッションが流行っているということで、確かにそれっぽい服装や眼鏡を見かけるようになった。けれども、そのお洒落なのかどうかわからない中途半端に古臭く風変わりな格好で都会を闊歩するキラキラした若者の姿を見て嘆かわしく思うようになってしまった自分がいる。80年代ってこんな感じだっただろうか。もうすっかり脳も心も鈍ってただのオジサンになってしまったのか。

そこで、少しは若者の文化を学ぼうとネット検索してみると80年代リバイバルの記事がわんさか出てきたのだが、一番衝撃を受けた話題は“マレット・ヘアーはダサい”という風潮。襟足部分を伸ばす髪型で、もとは70年代にデビッド・ボウイを口火に、80年代になるとミュージシャンやハリウッド俳優などの間で爆発的に流行ったアレである。日本でも一時期ウルフ・カットと称して独自の流行りを見せたこともあった。

けれども80年代のポップ・スターやハード・ロック・バンドの多くが一度はマレットにしていたわけで、個人的にはその髪型にはダサいどころか華やかなイメージしかないのだが(まさかこの感性自体がダサいのか?)、よくよく考えてみれば、日本人で似合う人は少ないだろうし、そもそもこんな髪型では校則違反になりかねないうえに会社に務めるのはさらに厳しい。決してダサいとは思わないけど、日本の80年代リバイバルにおいて敬遠されるのもわかる。もっとも海外でもマレットはネタ扱いだったりするようだが。

ところが、タイには大人気のマレットが存在するのである。

それがSWEET MULLET。アメリカにはMULLETTなる80年代ヘア・メタル・トリビュート・バンドがパロディっぽく活動してるが、彼らはそういう類のバンドではない。

このSWEET MULLETは、デビューEPとなる『Panaphobia』を2003年に発表しているから結成はそれ以前へと遡る。聞くところによれば、すべてのきっかけはEBOLAのヴォーカリストであるAeyが作ったもので、彼がSWEET MULLETの初代ギタリストとなるNaweenや他のメンバーをヴォーカリストのTaoに紹介することから始まっている。当時、GLASSJAW、SAOSIN、DEFTONES、KORNといったバンドを好んで聴いていたメンバーは、まずカヴァーからスタートし、そこから徐々にオリジナル曲を演奏するバンドへと移行していったという。

しかしバンド名はなかなか決まらず、長い間、SLIPKNOT、MARILYN MANSON、MACHINE HEADのように頭文字がSかMで始まるバンド名をずっと探し続けていた。そんなある日のこと、ケーブル・テレビのAXNでホーム・ビデオの面白動画集を見ていたTaoに閃きが起こった。その番組では、プール・サイドを歩くひとりの男が不意に足を滑らせた動画を紹介。その滑った瞬間を何度もスローモーションで繰り返している途中、その男の髪の毛に向かって矢印が現れて、“Sweet Mullet”という文字が表示された。これを見たTaoは面白い!と思って即採用。そういう経緯だから、このバンド名には深い意味はないけれど、求めていたものにピッタリで発音の感触も良かったので他のメンバーも賛成したという。長期間悩んだ挙げ句に、そんなことでバンド名が決定するなんて笑ってしまう話ではあるが、バンド名なんて案外そんなものかもしれない。

バンド名も決定した2003年。ニュー・メタルからエモへの転換期で発展途上にあったタイのシーンに放った『Panaphobia』EPは、確かにGLASSJAW系のスクリーモ/ポストハードコアに影響を受けている感もあり、移り変わりゆくシーンを先導する形で上手くハマったようだ。アンダーグラウンドではあったものの、500枚を売り上げて小規模ながらもファン・ベースができた。
なお、このEPはScreamlabというレーベルから発売されているのだが、これは00年代初頭にBIKINIのベーシストが同系統の音楽を愛する仲間を集めて作ったレーベルと言うよりは同好会のようなもので、他にも後に大成するRETROSPECTやHOUSETRAP(後にUGOSLABIERとなるメンバーが在籍)などが参加していたことで今でもマニアの間では有名だ。Screamlab同好会に所属するそれぞれのバンドはちょうどこの2002~2003年頃に揃ってEPを発表している。

そんな小さなコミュニティから出発したバンドだったのにも関わらず、ここから一気に飛躍していく。なんとタイ最大手のGMM Grammy傘下であるGenie Recordsに所属するのだ。もちろんメタルではなくアイドル的な人気を誇るポップスやポップ・ロックがメインのレコード会社として知られているが、大手は流行にも敏感に反応する。新しいロック/メタルの潮流を見据えた上で、00年代中期に差し掛かるこの頃は、SWEET MULLETの他にもBIG ASS、RETROSPECTといったメタルあがりのバンドと契約をして大物へと成長させている。

所属後は、レーベルの企画するコンピレーション・アルバムに参加、人気ロック・バンドBODYSLAMの前座を務めたりしながら徐々にメジャー・シーンにて認知されるようになっていき、2007年に満を持して『Light Heavyweight』というタイトルのファースト・アルバム、そして2010年にはセカンド・アルバム『Sound Of Silence』を発表した。

この両アルバム、やはりデビューEPのような荒々しさはなくなっていて随分と角が取れたサウンドになっていた。この方向性は一般の幅広い層をターゲットにしようとするレーベル側の意向によるものなのではないかと勘ぐっていたのだが、実際はそうではなかった。

「ヘヴィなものだけではなく、その反対のラヴ・ソングも書くようにした。さらにヘヴィな音とポップなメロディを融合させたのさ。これはバンド自身の考えに基づいての変化であってレーベルの意向に応じたわけではないんだよ。メンバーはポップなものも好んで聴くし、そういう曲を書くことも好きだからね」

なるほど。その辺りは『Light Heavyweight』というアルバム・タイトルにも直接的に現れているので理解できる。過去のイメージだけで聴き流すとポップ化したことにがっかりするかもしれないが、ポップでタイらしい甘くエモーショナルな歌のメロディのバックではかなりヘヴィなリフが刻まれる曲や、メタルそのものと言える曲もある。続く『Sound Of Silence』もほぼ同路線と言って良い作品。ただし、メロディはより洗練され、多く取りれた“サイレンス”なパートでは、ただの静けさではなく、感情がそこから湧き出るような表現にしているとのこと。

歌詞に関しては基本的に愛や人間関係、または勇気づける内容。Taoの実体験や聞いたことからヒントを得ていて、特に裏を読み取らせるような複雑な書き方はせず、直接的なわかりやすい表現で届けるようにしている。

試しにこの2枚のアルバムにどのような曲があるのか聴いてみよう。

SWEET MULLET「หลอมละลาย」ライヴ

2015年に開催されたPattaya Music Festivalでのライヴ映像。
ライヴならではのノリと人気の度合いがわかるはず。
ここで演奏している「หลอมละลาย」 は『Light Heavyweight』(2007年)に収録。

SWEET MULLET「คอนเสิร์ตลืมโลก」

セカンド・アルバム『Sound Of Silence』(2010年)に収録。
このようにSWEET MULLETはサウンドも一気にメジャー志向になって物凄い数のファンを獲得するに至った。誰も正確な数字は把握していないと思われるが、メンバーの推測によればこの頃のアルバムは10万枚くらいは売れていたはずとのこと。

しかし、その一方で制限されたスケジュールでヒットを生み出す楽曲を制作しなければならないプレッシャーは相当なものだったのではないだろうか。

「Genie Recordsに所属した頃はまだ10代の若者だったからプレッシャーと言うよりも、大きなレーベルから自分たちのアルバムを発表できるという喜びしかなかった。すごく楽しかったし、持てるものすべてをアルバムに詰め込んだよ。でも、ライヴに関してはプレッシャーを感じてナーバスになっていたね。これまでと違って大勢の観客を前にしてショウを作り上げないといけないし、その観客とのやり取りもきちんと行わないといけないんだから」

もちろん、今ではライヴもタイのトップ・バンドの一つとして立派に熟しているのは先に紹介した映像をご覧いただいた方ならおわかりいただけるだろう。さらに、ここ数年は国内だけではなく、ベトナム、オーストラリア、韓国、香港、台湾、ポーランドにも訪れている。しかし彼らの歌詞は基本的にタイ語で書かれている。たとえキャッチーなコーラスであろうと海外の観客とのコミュニケーションには多少障害があるのではないかという心配もした。けれども今年の4月に台湾で開催されたHeartown Rockfest '19に急遽参加した際も観客は盛り上がり、10曲演奏した後もアンコールの掛け声が飛んできたというから大したものである。可能な限り色んな国でライヴを行うのが夢だという彼らはいつか日本でも演奏してみたいという希望も持っている。

けれどもオリジナルのスタジオ・アルバムに関しては、2010年を最後に発表していない。細かい話をすれば、Screamlabからの付き合いがあるRETROSPECTとはRTSMという合同名義のもとに企画物のアコースティック・アルバムを発表している。さらにはこの豪華パッケージで一緒にツアーも行っていたりもするのだが。それはともかく、現在のタイではとりあえずシングルを出していくスタイルが主流なので、なかなかアルバムを発表してくれないが、彼らも単発でお披露目していったものを最後にアルバムとしてまとめる計画のようで、3枚目のアルバムの制作を念頭に置きながら活動をしている。

しかし、前作からもう10年近く経過していればサウンドにも若干の変化があるはずだ。どの様になっているのか少し見てみよう。

SWEET MULLET「จะเป็นจะตาย」

2013年に発表されたシングル。
SWEET MULLETがエレクトロ・サウンドを採用したら一体どの様になるのかを試した実験的な曲。
メタルらしいリフはあれど、エレクトロかつポップ色強めでかなり面食らったメタル・ファンもいるだろう。しかし、ご安心を。

SWEET MULLET「นิทานหลอกเด็ก」

2016年に発表されたシングル。
このように彼らが元々持っているヘヴィでロックな側面も健在だ。さらにこの曲が3枚目のアルバムのオープニングを飾る予定になっていると言うから期待は高まる。

なお、上記のシングルの他にも「อย่าพูดเลย (ดีกว่า)」というバラード曲も今年5月に発表しており、なんとこの曲のミキシングとマスタリングを手掛けたのはSAOSINのギタリストであるボウ・バーチェル。バンドはこれまでに、VEIL OF MAYA、ARCHITECTS、I KILLED THE PROM QUEENといったバンドの前座を務めた経験を持っているが、2010年には昔から大好きだったSAOSINの前座も務めていた。そんな彼らがボウ・バーチェルに仕事の依頼をしたところ、出会った時のことを覚えてくれていて、さらにはこのシングル曲も気に入ってくれたということで、非常にうまく事が運んだという。

ところで、現在のタイ・メタル・シーンに関して彼らの見解を尋ねてみたところ、以下のような返答があった。

「メタルコア、ポストハードコア、エモは減少して、ニュー・ウェーヴ・ハードコア、ジェント、デスコアなどがシーンに残っている。音楽全体を見れば今はヒップホップの時代だね。他のタイプの音楽を聴くことは良いことだよ。音楽業界は大きなサークルのようなものさ。俺たちは再びロックの時代が戻ってくる時を待っていて、そうなったらまた素晴らしいものを築くよ。すべては変化するものだし、それによって何が引き起こされるのかという事にとても興味を惹かれるんだ」

このように考える彼らは急いてアルバムを仕上げるようなことはしないかもしれない。きっと新しい可能性を探りつつ地道に歩を進めていくのだろう。ファンとしてはずいぶんと待たされている心境になるけれどもトレンドを取り入れたヘヴィ・ミュージック愛好家を満足させる作品を届けてくれるはずだ。

なお、最後になってしまったが、SWEET MULLETは『BAND OF THE DEAD』(2013年)という短編映画の制作にも挑戦している。内容は、ゾンビが溢れ返る終末的世界、いわゆるゾンビ・アポカリプスと呼ばれる状況下で、SWEET MULLETのメンバーが命がけで自分たちの制作したデモ音源をレーベルに届けるという物語。

聞くところによれば、メンバーはホラー映画好きで、なかでもゾンビものがことのほかお気に入りだとか。そこで、有名ゾンビ映画のパロディ形式を借りながら、バンドが歌を作って聴手に届けるまでがいかに大変なことなのかを表現しているのだとか。ただ、音楽制作の苦労を描いた笑えるパロディ映画とはいえ、飛び散り、床一面に広がる血糊の量は思ったよりも本格的で耐性のない人にはちょっとショッキングかも。しかも撮影場所はGenie Recordsの建物内と駐車場。片付けがかなり大変だったのではないかと余計なことを考えてしまう。Genie Recordsの懐の深さというか思い切りの良さに関心しきり。

ちなみに、KLEAR、BOOM BOOM CASH、HOPELESSのメンバーがゾンビに扮していたり、ディレクターとしてLOMOSONICのギタリストPomが制作に携わっている。

短編映画『BAND OF THE DEAD』のトレイラー

2013年に公開されたSWEET MULLETの短編映画『BAND OF THE DEAD』。
これは30秒の短い宣伝動画だが、YouTube上には本編が公開されているので興味のある方は是非チェックを。言葉はわからずとも内容は単純明快なので楽しめるはず。

HOPELESS

「ソンビになって映画に出演した話をする事自体は楽しいよ。ただね、現実はなかり大変だったんだ。血糊がGenie Records本社のあっちこっちにばら撒かれて現場はヌルヌルのベチャベチャさ。さらに撮影は明け方までかかったんだから。とりあえず良い経験にはなったけどね」

このように感想を述べたのは先に紹介したSWEET MULLETの短編映画『BAND OF THE DEAD』にゾンビ役で出演したHOPELESSのメンバーである。

どうやら同じようにヘヴィ・メタルのバックグラウンドを持って活動を始めたということで、この両バンドは兄弟のような付き合いがあるのだとか。そういう関係性があって、「予算があまりかけられないから参加してもらえないだろうか」とSWEET MULLET側から提案された役柄だった。

メタルコア/ポストハードコア・バンド、HOPELESSの結成は2011年。当時、高校生だったNoom(ヴォーカリスト)が彼のクラスメートと始めるも、特に明確なコンセプトは持っておらず、純粋にヘヴィ・メタルを愛する普通の子供達の集まりだったらしい。それが原因かどうかはわからないが、現在残っているオリジナル・メンバーはNoomのみである。

それにしてもHOPELESSとはまたなんとも縁起の悪い、負のパワーを引き寄せそうなバンド名だ。“パワースポット”だとか“引き寄せの法則”などが注目される昨今ではちょっと敬遠したくもなる。実際、HOPELESSの意味はそのまま“望みを失った”ということで間違っていないと言う。ただしそれだけに終わらない。Noomいわく、「その絶望感こそが何かを行うための非常に強力な原動力にもなり得る」そいういう意味合いを込めているのだそう。さらに、長年バンドのベースを務めるParkは、「他人がなんと言おうと、自分たちを改善するためのモチベーションとしてこのHOPELESSという名で活動している。それにタイの文化ではヘヴィ・メタルという音楽は暴力的なものであり、多くの人がそれを受け入れているわけではないという現状もあるから」と付け加えた。

そんな彼らの歌詞は響きの良さを考慮しながらタイ語と英語を使い分けていて、すべてメンバーの経験に基づいたものとなっている。それらを注意深く読めば、ほとんどの曲に「人生諦めてはいけない」という一貫したメッセージが込められているという。悲観的な情感をそのまま突きつけてくるバンドも多いけれども、彼らはマイナス要因を糧に這い上がる力へと変えようとしているのだ。

2012年になり、アンダーグラウンドでHOPELESSの名が知られるようになるとEP『Unbroken Memories』を、2015年には『Hearts & Hands』を発表。

数年前の作品だが、とりあえず1曲紹介しておこう。

HOPELESS「Betrayer」

『Hearts & Hands』(2015年)のアルバムに収録。
その後しばらくはまとまったアルバムを制作してはいないが、ライヴ活動はしっかりと行っていて、小さなイベントからフェス、2017年には台湾ツアー、ほかにも前座としてMEMPHIS MAY FIRE(2013年)、WHILE SHE SLEEP(2015年)、SEPULTURA(2017年)、今年8月24日にはALPHA WOLFのサポートも務める予定だ。

また、彼らには「アルバムよりはライヴを観てくれ」という思いがあり、「Betrayer」のミュージック・ビデオをご覧になったならおわかりの通り、ステージ・パフォーマンスにはかなり力を入れている。実は、『Unbroken Memories』に収録した楽曲はライヴで演奏するには少々不向きだと感じたため、『Hearts & Hands』からはライヴを想定した曲作りを行っていると言う。それが功を奏したのか、これまでで一番の経験をしたと興奮気味に語った台湾ツアーでは、言葉の問題で多少苦労しつつも、観客はオープンマインドで接してくれて、最終的にはジャンプやシャウトなどバンドが望む反応や一体感が生まれて盛り上がったということだ。

このようにライヴに重きを置くHOPELESSだが、他のバンド同様、時折シングルを発表している。

HOPELESS「หยดน้ำตา」

2016年に発表されたシングル。
タイならではの甘い歌メロとヘヴィさの融合。

HOPELESS「Sinking In The Ocean」

2018年4月に発表されたシングル。
以前のギタリスト2人が脱退し、新しいギタリストが加入。5人から4人編成となった。
この新加入のギタリストがバンドをよりモダンでヘヴィに進化させていて、まさに時代に適した変化を遂げている。
「もはやCDとしてアルバムを発表するだけが音楽を聴く方法ではなく、多くのバンドはオンラインのYouTubeやSpotifyを選択している。現代ならではの素晴らしい選択肢だよ。アルバムの中から1曲選んでシングルを発表するよりも、1曲だけを出した方がインパクトがあるし理にかなっている。それにそんなに凄いアイデアを頻繁に思いつくことなんてないからね」

最近のシングル主体の状況についてこのように語ったベーシストのParkだが、早ければ2019年内にアルバムを発表する計画もあるようだ。

余談になるが、ヴォーカリストのNoomは顔以外ほぼ全身タトゥーに覆われていることで有名。Parkによれば、「ここは渋谷のように好き勝手着飾ることができない。タトゥーが多いと苦労するし、鋲や釘を着けて歩き回るのはとても奇妙に見える。でも、Noomはそのタトゥーがあるから認知されていて彼はそれを誇りに思っている」と教えてくれた。

正直なところ、若者が集う日本の繁華街でも奇抜な格好は浮いた存在になりがちだと思うけれども……それはともかく、HOPELESSというバンドは絶望的な状況だろうが逆境だろうがそれらをバネにして突き進む男たちということがおわかりいただけただろう。

補足1:BOTTLE STRIKE

『タイのメタルにエールを 第3回』で紹介したBOTTLE STRIKEが7月下旬にデビューEP『Drunk 'til Death』を発表した。
2017年に結成されたクロスオーヴァー系のスラッシュ・メタルを愛する4人の若者だ。
BOTTLE STRIKE / Drunk 'til ...

BOTTLE STRIKE / Drunk 'til Death

◆収録曲
01.Entrance For Drunk (Intro)
02.คชช. (Dick Head)
03.Drunk 'til Death
04.Violent Democracy
05.Work Shit, Go Thrash!!
06.No Brain, No Pain (Bonus Thrash)
まずはアートワークが強烈。死にかけの病人スラッシャーが集ってビア・ジョッキで乾杯しつつ、さらに点滴でもビールを体内に注入している姿が描かれている。完全に振り切ったおバカ野郎ども。これは本EPのタイトルからも想像できるように、「死ぬその最後の瞬間まで飲んでいたいくらいビール好きな人」を表現しているのだとか。なんともバカバカしいが、愚かさもここまで極めると清々しく美しい気がしてくる。

「スラッシュ・メタルとビールは相性が抜群だと思ってる。少し酔ったときにスラッシュ・メタルを聴くとさらに楽しくなるからね。それにメンバーはみんなビールが好きなんだ」

というわけで、バンド名からして“ボトルの一撃!”的な意味合いを持つBOTTLE STRIKEの基本コンセプトはビール。イントロとなる「Entrance For Drunk」に始まり、「Drunk 'til Death」や「No Brain, No Pain」といった曲はまさにスラッシュ・メタルとビール賛歌だ。バンド創設者でベーシストのZienはタイ国内のものならチャン・ビールがお気に入りのようだが、キリン・ビールや常陸野ネスト・ビールといった日本のビールも好きで飲むらしい。これらの銘柄を飲みながらBOTTLE STRIKEの音楽を楽しむというのもありだろう。

しかし、歌詞の内容はビールに限定されているわけではない。悪事を働いた愚か者に「地獄に落ちるがいい!」と言い放つ「คชช. (Dick Head)」。タイを独裁政権にしようとする政府に対して抗議をぶつける「Violent Democracy」。退屈な仕事で疲れ果てたら俺はスラッシュ・メタルのライヴで頭を振ってステージ・ダイヴをして発散したくなるんだ〜!とスラッシャーならではの生活を描く「Work Shit, Go Thrash!!」などがある。

今作は、「とにかく自分たちだけの力で仕上げたかった」ということから、アートワークからプロデュース、ミキシングやマスタリングまでメンバー自身の手で行われた。さすがに、ミキシングとマスタリングに関しては苦労したようで、「やっぱりきちんとしたサウンド・エンジニアがやるべきだよね」と言って笑っていたが、最初の作品を誰の力も借りずに最後までやり遂げた意味と学んだ事柄は大きかったはずだ。

彼らはまだ若い。中心軸にオールド・スクールなスラッシュ・メタルがあるのは当然だが、新しい音楽もいろいろと聴いていて、このバンドならではのスタイルを構築しようと努力していると語っていた。飲み過ぎで時折足元がおぼつかないこともあるだろうが、それ故に臆さないかもしれない。とにかく前進しようとするエネルギーに満ちているのは素晴らしい。スラッシュ・メタルが低迷しているタイ・メタル・シーンの現状においてBOTTLE STRIKEは希望の光である。

BOTTLE STRIKE「Drunk 'til Death」

ビールとスラッシュとスケート! メンバーの趣味を全面的に押し出した、まさにBOTTLE STRIKEというバンドを知るにはうってつけのビデオ。
でもビール代はちゃんと払おうね(笑)

補足2:Jutasin Rungwattanachai(FIERCE PANIC)

こちらも『タイのメタルにエールを 第3回』で紹介したFIERCE PANICに関連した情報のアップデート。
FIERCE PANICの創設者でありギタリストを務めるJことJutasin Rungwattanachaiが7月下旬にソロ・アルバム『The Fury』を発表した。
JUTASIN RUNGWATTANACHAI / T...

JUTASIN RUNGWATTANACHAI / The Fury

◆収録曲
01.Stealth
02.The Fury
03.Pressure
04.Dangerous Man
05.Broken!!
06.Cowardice
07.Pretender
収録曲は7曲とコンパクトにまとまっていて、7弦ギターを用いたヘヴィでモダンな作風。

実は今作でJutasinのソロ・アルバムは3枚目となる。最初のアルバム『Bad Groove』を発表したのは2015年で、FIERCE PANIC以前、彼がまだAIR DOLLというタイ・ロックのカヴァー・バンドを生活の糧としてバーで行っていた頃。当時はジャズ・ロックやフュージョンに夢中で、マイク・スターンやフランク・ギャンバレなどが好きだった彼は、他人の曲を演奏するだけでは飽き足らず、作曲家として活動していきたいという思いが強くなったことがソロ・アルバム制作のきっかけとなる。それ以来、エンジニアからアルバムのデザインまで自身がそのほとんどを手掛けている。

2018年になってJutasinはFIERCE PANICを結成した後、2枚目のソロ・アルバム『Deep Into Soul』を発表する。とても精力的に活動しているように思えるが、当時の精神面での状況はあまり良くなく、孤独を感じ、プレッシャーもあって疲れ切っていて周りの仲間をつまらなくさせてしまう程だったらしい。けれどもなんとかして前向きなコンセプトの作品を生み出そうと努力し、「Deep Into Soul(Light Side)」という曲でそれは成功したと言う。アルバムにはネオクラシカル系の激しい曲もあるが、基本的には温かく優しいフュージョン系の曲調が大半を占めている。Jutasinによれば、このアルバムはまさに彼の人生の瞬間をとらえた作品なのだとか。

そして最新作の『The Fury』も同様であると考えられる。前作『Deep Into Soul』がライト・サイドで、『The Fury』がダーク・サイドであるとJustinはヒントを与えてくれたからだ。今作は、昔のようにジャズ系に入れ込んでいた頃とは違い、あらゆるアイデアを織り交ぜてそれを7弦ギターで表現する“プログレッシヴ・メタル・ギター”ということだ。作風もこれまでの路線とは違い、ジェントなリフまで使用してかなりモダン・メタルへと変貌している。これは何かしらのバンドやミュージシャンの作品に影響を受けた結果なのではないかと思ったのだが、「曲を作る時は特に何かを考えているわけではなく、その時その瞬間に自分の中から湧き出てきたもの」ということだ。それで、このタイトルと曲調になったということは、やはり彼が思い悩み、何かに対して憤慨していた時期の心情(ダーク・サイド)が反映されているということだろう。

JUTASIN「The Fury」

2019年7月発表の『The Fury』からタイトル曲。
しかし、今後彼がソロ・アルバムでどのような作品を生み出していくのかはわからない。10代半ばにイングヴェイ・マルムスティーンに夢中になったJutasinは20歳になってジャズを学び、一気に音楽の視野が広がった。参考までに彼が好きなミュージシャンの一部を紹介ておく。

ギタリストなら、リー・リトナー、ウェス・モンゴメリー、スティーヴィー・レイ・ヴォーン、B.B.キング、フランク・ギャンバレ、リッチー・ブラックモア、ザック・ワイルド、ジョン・ペトルーシ、エリック・ジョンソン。
サクソフォニストなら、チャーリー・パーカー、エリック・マリエンサル。
トランペッターなら、クリス・ボッティ。
ピアニストなら、ブライアン・カルバートソン、チック・コリア。
ドラマーなら、トニー・ロイスター・ジュニア、アーロン・スピアーズ、クリス・アドラー。

このように、ジャズ、ブルーズ、ロック、メタル界にいたるまで多岐にわたって一流作曲家兼ミュージシャンを挙げてくれた。これらの名前を見れば、今回はモダン・メタルとなった彼の作風がこれからさらに大きく変化する可能性もあるのではないかと思わされる。

ところで彼のバンド、FIERCE PANICも多少の変化があった。以前METALTRANCEに在籍していたTenzがヴォーカリストとして、さらにバーで活動していた頃からの音楽仲間でこれまでも時々ヘルプで参加してもらっていたというNutというドラマーの2人が新たに加入している。

当初の予定では今年1月には出来上がっていたはずだったというデビュー作も、このメンバー・チェンジが生じたことで半年以上遅れていたのだが、ついに制作は最終局面を迎えたようだ。なお、歌詞の面では、政治、宗教、タイ人の意識といったタイの社会に関することが表現されていると聞いている。

また、これまでJutasinのコメントを参考にしながら、FIERCE PANICはスラッシュ・メタル、ニュー・メタル、メタルコアなどの要素を混ぜたバンドと曖昧に紹介したと思うが、近頃は自分たちの音楽を“プログレッシヴ・メタル”と言い切るようになった。というのも、「俺は本物のスラッシュ・メタルもニュー・メタルも弾けないし、かと言ってエクストリーム・メタルと言うのは俺には厳しい。だから最もしっくりくるのがプログレッシヴ・メタルだったのさ」というわけだ。

確かに、このバンドの特徴としてはプログレッシヴとも呼べる曲の展開が持ち味の一つだが、なんと言ってもヴォーカルのメロディが90年代のタイのアンダーグラウンド・バンドを彷彿とさせるところに面白みがあると思っている。もちろん、デビュー作もまだ発表されていない極初期の段階なので、今後どのように成長していくのかは未知数ではあるのだけれども。

ともかく、なかなかアルバムを発表してくれないタイのシーンにおいて、精力的に作品を出そうとするJutasinは心強い。ソロ・アルバム『Deep Into Soul』のところでも少し触れたが、彼にも辛い時期はあった。実のところ今でも、この先音楽に人生を捧げるかどうかもわからないという。彼なりに国内のあらゆるギター・コンテストに出場してチャンスを掴もうと試みたものの、あまり芳しい結果が出せず絶望的になったようだ。ところが、そのどん底から彼の音楽と人生に対する考え方は変化する。もはや何も求めてはいない。「とにかくやるだけだ」と、それだけを思い実行する。

「俺は曲を書いてそれをステージで演奏しなくてはならない。だって人はいつ死ぬかわからない。だから今やれることを精一杯やるのさ」

そんな彼の近況だが、8月31日に、若き最速イタリア人ギタリストDavide Lo Surdoのバンコク公演が行われることになっていて、そこにはタイ国内からSong Chitipat(今年からDEFYING DECAYにも参加)、Tent Nawara、Nut Nutthapotといった若手のギタリストと共にJutasinも参加する。さらに、9月28日はマレーシアの誇るヌサンタラ・スラッジ・メタル、WYNKEN DELIRIUMがバンコク公演を行う予定で、その前座の一つとしてFIERCE PANICが登場する。

Jutasinがギタリストとして、そして作曲家としても知られていくのはこれからだろう。


『タイのメタルにエールを 第8回』へとつづく。