アジア金属マル秘発掘報告 〜インド| Project MishraM〜

アジアのメタルシーン
埋もれた秘宝を発見せよ!世界各地にはまだまだ知られざるバンドがうごめいている。ここではアジア圏に的を絞って探りをいれて掘り起こし、簡単な調査報告をしていく。その価値は未知数。
今回は、南インドの古典音楽を基盤に様々な音楽を融合したベンガルールのプログレッシヴ・カーナティック・フュージョン・バンド Project MishraM。
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金属名:Project MishraM
産出地:カルナータカ州ベンガルール


ジャンル分けに窮するバンドが増えてきた。

まったくのオリジナルは難しいにしろ、これまであまり耳にしたことがないような音楽を生み出す者もいれば、いくつものジャンルをかけ合わせていくことで複雑化し、既存の枠に当てはまらない音楽を作り上げる者もいる。

今回紹介するProject MishraMは後者。

インド南部に位置するカルナータカ州の州都であるベンガルール(旧称バンガロール)を拠点とする彼らは、南インドの古典音楽であるカーナティック音楽(カルナータカ音楽)を主軸に、さまざまな音楽を融合させた自称プログレッシヴ・カーナティック・フュージョン・バンドである。

この場で取り上げるからにはロックやメタルの要素があり、その愛好者たちの耳を惹くものであると確信しているからなのだが、彼らにとってメタルはあくまでもProject MishraMの音楽を構成する要素の一つにすぎない。

とは言っても、モダンなプログレッシヴメタルやジェントを使用したヘヴィなパートはいくらでも登場する。それでも彼らをメタル系のバンドだとあえて呼ばない理由は読み進めていただければご理解いただけるはずだ。

2015年プロジェクト始動

それではメンバーに話を伺いながらバンドの歴史を振り返っていこう。

まずはバンド結成の経緯とその音楽的アイデアに関して。


Project MishraM:ぼくらのほとんどは大学の音楽クラブを通じて2015年に知り合ったんだよ。バンド開始当初はとても変わった編成で10人の強者がいたんだ!でも結局は7人で曲作りを始めて2017年に1stシングル「SPOONSHIFT1」をリリースする頃には“最終形態”が出来上がっていたって感じかな。当時の音楽的アイデアはとてもシンプルで、いや、今でも変わらずにそうだと思うけど、さまざまなジャンルの要素を取り入れて、カーナティック音楽の核となるものを中心とした音楽を作ること。また、インドには大学レベルで音楽を競う恵まれた文化があって、このバンドも当初はそういう地元のコンテストなどで積極的に参加していたんだ。


バンド結成当時、彼らの地元ベンガルールのロック/メタルシーンはどうだったのだろう。


Project MishraM:その頃のシーンはとても良い感じだったね!インスピレーションには事欠かなかったし、SKRATGIRISH AND THE CHRONICLESなどのバンドは当時も今も地元ではとても人気があるんだ。


インド南部タミルナードゥ州チェンナイ出身のSKRATはインド国外での知名度はあまりないかもしれないが、良質なヘヴィロック/ガレージロック・トリオ。

北東部シッキム州からベンガルールへと活動拠点を移したハードロックGIRISH AND THE CHRONICLESは、ヴォーカリストであるギリッシュ・プラダーン(Girish Pradhan)の歌唱力が注目されたことで、2020年にリリースしたアルバム『Rock The Highway』がインド国外でも話題になったのでご存じの方も多いだろう。

消えゆく境界線。プログレッシヴ・カーナティック・フュージョン

バンドの説明によれば、「インドの古典音楽におけるラーガやシンコペーション、数学的なグルーヴといった複雑な要素を中心としてモダンプログレッシヴ・メタル、ジェント、ファンク、ジャズ、エレクトロニックなどの西洋の音楽ジャンルを融合させている」のだとか。

そしてそのサウンドを“プログレッシヴ・カーナティック・フュージョン”と称している。

と言われたところで、すぐにこれがどんなものなのか理解できる人はそう多くはないはず。まず、カーナティック音楽に関してわかりやすく説明してもらった。


Project MishraM:カーナティック音楽は、インドの古典音楽の一種で、特にインド南部で生まれた音楽のこと。技術と数学に鋭く焦点を当てる一方で、演奏そのものの美しさも重視しているのが特徴なんだ。さらにこの音楽で使用される概念や“ラーガ”は千年前に遡るものもあって、伝統的な雰囲気も漂っている。これらはヴィーナ、ヴァイオリン、フルート、ムリダンガム(両面太鼓)、ガタム(素焼きの壺の打楽器)をはじめ、多種多様な楽器を用いて演奏されるんだ。

*ラーガ:インド独自の旋律の型。


それでは彼らの言う“プログレッシヴ・カーナティック・フュージョン”とはどのようなものなのだろうか。


Project MishraM:おおすじでは、西洋音楽とカーナティック音楽をさまざまな形と程度で融合させて表現したものということになる。例えば、プログレッシヴメタルは “コルベ/コルヴァイ(Korvai)”と呼ばれるカーナティックのリズミカルな構造と非常にうまく調和しそうに思ったから、それらを多くの曲に取り入れている。ぼくらは時間をかけてより深い融合を目指していて、まるですべての境界線がおぼろげになるような音楽ができたらと思っているんだよ。


“プログレッシヴメタル”という言葉が出てきた。彼らがどのようなスタイルのミュージシャンから影響を受けているのかも気になるところ。


Project MishraM:クリエイティブな面については、ぼくら自身がインスピレーションになるようにしている。とは言うものの、TESSERACTMONUMENTSPERIPHERYKADINJASNARKY PUPPYジェイコブ・コリアー(Jacob Collier)J・ディラ(J Dilla)MF DOOMSkrillexアヴィーチー(Avicii)、そして多くのカーナティック音楽のレジェンドたちからもインスピレーションを受けているよ。


メタルファンにも馴染みのあるバンドはともかく、ジャズやファンク、ダンス音楽を融合させた現代的でグルーヴィなSNARKY PUPPY、天才と謳われるマルチミュージシャンのジェイコブ・コリアー、ヒップホップ/R&BのJ・ディラ、仮面のカリスマ・ラッパーMF DOOM、EDM(エレクトロニック・ダンス・ミュージック)のSkrillexアヴィーチー。いずれもそれぞれの界隈ではド級の知名度を誇るミュージシャンたちであり、現代的な音楽を高いレベルで包括しながら先進的なサウンドを作り上げている。そんな彼らのような名前を挙げたところに注目したい。

メンバー構成

さて、このように多様で雑多な音楽を愛するメンバーたちはどのような人たちなのだろうか。そもそも同じ地域出身の集まりなのかも気になるところ。


Project MishraM:メンバー皆、ベンガルール出身だよ。ここは音楽的に豊かな地域で、プロフェッショナルなレベルだけでなく新人のコンテストも盛んなんだ。ライヴミュージックはベンガルールの文化の一部となっていて、町の歓楽街では常にバンドが演奏している。それと、近年ではTESSERACTMONUMENTSスティーヴン・ウィルソン(Steven Wilson)TEXTURESTWELVE FOOT NINJAPliniDAVID MAXIM MICICガスリー・ゴーヴァン(Guthrie Govan)など、ぼくらのお気に入りの国際的なアーティストがこの町を訪れたよ。
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それではProject MishraMを構成するメンバーを紹介してもらおう。


Project MishraM:まず、ギタリストのスーマント・ネンマニは以前、ALAAPというコンテストで活躍していたインディアン・フュージョンバンドに在籍していた。そしてヴァイオリンとヴォーカルを担当するプラナフ・スワループはインドで人気のあるTHE RAGHU DIXIT PROJECTでの演奏経験があるんだけど、あとのメンバーにとってはこのレベルでのバンド活動は初めてのはず。でも、アニルード・コウシック(フルート)、プラナフ・スワループ(ヴァイオリン、ヴォーカル)、サナス・シャーンブーグ(ドラム、ムリダンガム)、シヴァラジ・ナトラジ(ヴォーカル、ビートボックス)は古典のトレーニングを受けていて、ラム・シュリニヴァス(ベース)、スリシャンカール・スンダール(ギター)、スーマント・ネンマニ(ギター)は独学で学んできた。それぞれが影響を受けた音楽はまったく異なるけど、それがProject MishraMの強みであり、作曲のプロセスに大きな影響を与えていると考えているんだよ!

●アニルード・コウシック(Anirudh Koushik):フルート
カーナティック・フルートの巨匠N・ラマニ(N. Ramani)シャシャン・スブラマニアン(Shashank Subramanian)に影響されてこの道を歩むことになった。

●プラナフ・スワループ(Pranav Swaroop):ヴァイオリン、ヴォーカル
カーナティック音楽を聴いて育ち、やがてヒンドゥスターニー音楽(北インドの古典音楽)や西洋のジャンルからの影響を求めるようになった。

●ラム・シュリニヴァス(Ram Srinivas):ベース
GREEN DAYGORILLAZCOLDPLAYから、スティーヴン・ウィルソンSNARKY PUPPYMF DOOMトム・ミッシュ(Tom Misch)など多様なアーティストを自身の音楽の旅を通して聴いてきた。

●サナス・シャーンブーグ(Sanath Shanbhogue):ドラム、ムリダンガム
カーナティック音楽やヒンドゥスターニー音楽の巨匠たちの演奏を聴いて育ったことからムリダンガムの世界に興味を持ち、後にドラムやタブラにも同じスタイルの演奏を取り入れた。彼はパトリ・サティッシュ・クマール(Patri Satish Kumar)ザキール・フセイン(Zakeer Hussain)などの著名なアーティストや、TESSERACTジェイ・ポストンズ(Jay Postones)ギャビン・ハリソン(Gavin Harrison)といったドラマーから影響を受けている。

●シヴァラジ・ナトラジ(Shivaraj Natraj):ヴォーカル、ビートボックス
カーナティック音楽をたくさん聴いて育ち、最終的にEDM、プログレッシヴ・メタル/ジェント、オールドスクール、ネオジャズフュージョン、ダブステップ、ディープベースなどを楽しむようになった。

●スリシャンカール・スンダール(Srishankar Sundar):ギター
デスコアやジェント、さらにはヒップホップやカーナティックもよく聴いている。

●スーマント・ネンマニ(Sumant Nemmani):ギター
METALLICAIRON MAIDENDREAM THEATERを聴いて育ったけど、最終的にはモダンプログレッシヴの世界へと移行した。彼が影響を受けたのは、TESSERACTPERIPHERYMONUMENTSPliniPORCUPINE TREEなど。

偶然と必然のバンド名Project MishraM

“MishraM”という単語を聞いてすぐにその意味が理解できる人も多くはないだろう。どのような理由からこのバンド名に至ったのか。また単語の頭と末尾を大文字にしたのはなぜか。


Project MishraM:“Mishram”とは“ミックス”という意味で、ぼくらが音楽でやりたいことを表している。さらにそれはカーナティック音楽の7拍子のリズム構造を意味しているんだ。ただ、メンバーが7人になったのは偶然なんだけどね! 単語の前後を大文字にして“MishraM”と表記したのは、“Mishram”というのに比べて、見た目がより美しく、より対称的に見えたからさ。

あの頃を嘆きながらも称賛する「SPOONSHIFT1」(2017)

Project MishraMのデビュー作となる「SPOONSHIFT1」がリリースされたのは2017年9月。

最初の第一歩はシンプルにカーナティック音楽とモダンプログレッシヴメタルの融合(フュージョン)といったところだろうか。

Project MishraM「SPOONSHIFT1」

彼らはこの曲の内容を「90年代の折衷的で無秩序な感覚を称賛すると同時に嘆いている」と説明しているが、これはどういう意味だろう。


Project MishraM:ぼくらが子供の時代には、なんだかとても気ままな雰囲気があった。でも、どの時代においてもそうだけど、決してバラ色一辺倒ではなく、ある種の無秩序さも伴っているもの。今日において、物事は組織的かつ系統的で整然としているように見えるかもしれない。これは、まさにそのようなことが起こったことに加え、皆が成長して物事のシステムを“学んだ”ことによるものなんだよ。しかもそれに伴って過剰なまでに情報量が増えたことで1990年代や2000年代初頭が遠くに感じられるようになった。そんなところから触発されてできたのがこの曲なんだ。歌詞では悲惨な状況を描いているけど、ある意味ではその時代を称賛していると考えたいね。


では、「SPOONSHIFT1」という謎めいた暗号のようなタイトルはどのような関連があるのか。


Project MishraM:タイトルはビデオゲーム『ロードラッシュ(ROAD RUSH)』にちなんだもの。このゲームでもっとも有名なチートコードが“xyzzyspoon!”なんだけど、その“!”を入力するときに、“shift”と“1”のキーの組み合わせで打っていたんだ。『ロードラッシュ』はぼくらの子供時代に欠かせないもので、この曲で噛み締めているあの時代背景の大切なものなのさ。


なるほど。暗号のようなタイトルだとは思ったが、まさしくゲームをずる賢くプレイするための入力コード、そして彼らの子供時代(90年代)を象徴する『ロードラッシュ』(格闘バイクレース)を意味していたのである。

音楽面に関してもカーナティック音楽のどのような要素が取り入れられているのかを説明してもらった。


Project MishraM:フルートは伝統的なカーナティックのもの。そしてヴォーカルのテクニックとしてはコナッコル(Konnakol)というのがあって曲の最初と最後に使われているんだけど、そこではそれに続くリズム構造がコナッコルによって最初に“話される”ことになる。また、ギターソロの直前に使われている“Alaap/Alaapane”はヴォーカリストがラーガの音符やモチーフを使って即興で歌うもの。これらはいずれもカーナティック音楽に欠かせない要素なんだ。


今一度ミュージックビデオに戻って、曲の最初と最後のヴォーカル、そして4分38秒あたりからヴァイオリニストのラナフ・スワループが歌うフレーズを聴いてもらえればより理解が深まるだろう。

また、彼らは次のようにもコメントしている。


Project MishraM:これはバンドにとって初めての作曲で、言うならば自分たちの音楽を発見している最中であり、ここからバンドの挑戦が始まったんだと思う。さらに、それまでまったく知らなかった音楽制作にも触れることができたし、サウンドエンジニアであり親友でもあるEleven Gauge Recordingsテージャス・ナイル(Thejus Nair)とも出会えたんだ。


ちなみに、ベンガルールに居を構えるEleven Gauge Recordingsにてアルバムの制作作業を行ったメタル系のバンドはGODLESSRAINBURNFOLLOW THE HUNTER(バーレーン)などがいる。


そして彼らの言うようにProject MishraMの摩訶不思議な音楽マサラの実験旅行はここから始まったのだ。

光と闇を行き来する「TamasaT」(2018)

シングル第2弾となったのは「TamasaT」。2018年6月にリリースされている。

Project MishraM「TamasaT」

彼らの説明によれば「“タマス(Tamas/तमस्)”と “サット(Sat/सत्)”という概念をプログレッシヴに表現したこの曲は、コインの両面を横断する旅へと連れていく」のだとか。

これで「TamasaT」がサンスクリット語の相反する単語を合わせた造語だろうということは想像がつく。しかし、それだけではまだいまいち内容は理解できない。


Project MishraM:そう、「TamasaT」は2つの言葉を合わせたもの。サンスクリット語で「タマス」は、惰性、無気力、暗闇などのネガティヴな性質を意味し、「サットヴァ(Sattva/सत्त्व)」は純粋さや光を表している。この2つの言葉は対照的とも言えるけど、さまざまな意味で同じ存在の中に共存しているんだ。


ではこのシングルのイメージとなっているライオンと人間の顔が半分ずつになっている存在について、そしてこの曲で伝えたいことも教えてもらおう。


Project MishraM:アートワークに描かれたのはヒンドゥー教の神である“ナラシンハ”にちなんだもの。ぼくらはこれがTamasaT」の核となる二面性を表していると考え、“サットヴァ”を表す“バゲシュリー(Bhageshree)”と“タマス”を表す“シャンムカプリヤ(Shanmukhapriya)”という対照的な2つのラーガでこれを表現しようとしたんだ。“サット”の部分では、歌詞と音楽の両方を通して、純粋さ、平和、統制といった形で神性を表現し、“タマス”の部分では、殺戮を目的として作られた神聖な存在である“ナラシンハ”についての詠唱で、ある種の攻撃性を表現したいと考えた。そしてこの旅を“サット”から“タマス”へと縦断し、再び“サット”に戻って締めくくりたかったというわけ。


ネガティヴな方面へ行くことはあっても最終的にはポジティヴで帰結するというのが彼らの願いでもあるのだろう。それにしても、この二面性はまったく異なった存在ではなく、一つの存在に共存しているという古の教えはちょっとした気づきを与えてくれる。だからこそ、いともたやすくネガティヴに走りやすいし、たとえネガティヴだろうともポジティヴになれるということ。私たちはとてもおぼつかない存在ではあるけれど、いかようにでも変われるのかもしれない。


今回、前作にはない新たな試みはなされたのだろうか。


Project MishraM:「TamasaT」はシンセサイザーを楽曲の重要な要素として取り上げた最初の曲だから、それに合わせてライヴではクリックトラックを使わなければならないんだ。これは、ライヴに向けてどのように練習するかという新たな課題となった。エンジニアのテージャス・ナイルとは、ギターの音色やドラムの音など、制作面で初めて一から一緒に仕事をしたよ。

誰しもが持ち合わせている「Cynic Machine」(2019)

第3弾シングルはヴィーナ奏者ラジェシュ・ヴァイディヤ(Rajhesh Vaidhya)をフィーチャーした「Cynic Machine」。2019年6月にリリースされた。

Project MishraM「Cynic Machine」 ft. Rajhesh Vaidhya

2分51秒からラジェシュ・ヴァイディヤによるヴィーナが切り込んでくる。
ヴィーナの音も合わさって強烈にカーナティック音楽の雰囲気を発散するのにもかかわらず中盤でさらりとフラメンコへと変化、終盤はドヘヴィに締めくくるという衝撃の展開。しかもこの曲では英語に加えて、カルナータカ州の公用語であるカンナダ語とスペイン語まで使用している。歌詞の内容とこの3つの言語の使い分けにはなにかしらの意図があるのだろうか。


Project MishraM:カンナダ語とスペイン語という、英語以外の2つの言語を、歌詞の間接的な部分に使いたかったんだ。この2つの言語部分の根底にあるメッセージは非常によく似ているので、英語以外の言語でこれらのパートを表現することで、ある種の対称性を表したかったのさ。あと、この歌詞に影響を与えた直接的な経験はないんだけれども、誰もがある時期に、ある程度のシニシズム(皮肉/冷笑主義)が潜在していると思っている。だから、それを物理的、聴覚的に形にしてみたというわけ。


この曲でフィーチャーされているヴィーナ奏者ラジェシュ・ヴァイディヤは、古典からジャズ、フォーク、映画音楽まで30年以上演奏を続けてきたミュージシャン。彼はヴィーナ学校を設立するほかに、カーナティック音楽という単一の枠を飛び越えてワールドミュージックという幅広い世界で活躍しているので、パリでエルトン・ジョン(Elton John)と共演した経験もある。とはいえ、Project MishraMのような強烈な音との融合には抵抗がなかったのだろうか。


Project MishraM:ラジェシュ・ヴァイディヤと一緒に仕事ができたことはとても名誉なこと。ぼくらにとって彼はヴィーナの象徴的な存在だからね。このバンドは楽曲のパーツの1つとして非常に特徴的なカルナティック・サウンドを求めているんだ。そこでヴォーカリストのシヴァラジが彼にデモを送って、ソロを弾いてもらえないかと尋ねたところ、彼が「イエス」と答えてくれたんだ!ヘヴィさを持った音楽でもまったく抵抗を感じていなかったよ。そして彼が最初のサンプルを送ってきたときは、バンドのグループチャットが大いに盛り上がった!インドでは彼をインディアン・フュージョンの先駆者と考えている人が多い。あのレベルのインド人アーティストの中で、フュージョンを本格的に受け入れ、実践した最初の一人なんじゃないかな。


ちなみに、先進性を持つラジェシュ・ヴァイディヤは、ショルダーキーボード/キーターに触発されて、ヴィーナの音が出るエレクトリックギターの形態をした“RaVna(ラーヴァナ)”というオリジナル楽器を開発している。

イギリスツアーと<UK Tech-Fest>(2019)

さすがにこのような音楽をやっていると外側からも目に付きやすいのかもしれない。彼らは2019年7月にイギリスをツアーしている。注目したいのはDYING FETUSMONUMENTSLEPROUSなどが出演した<UK Tech-Fest>に参加していること。


Project MishraM:<UK Tech-Fest>のキュレーターから連絡を受けて興奮したよ。それをきっかけに、イギリスのインド系、非インド系のコミュニティでもっと多くの演奏場所を探して、結局は13回以上の公演をすることになった。このツアー、特に<UK Tech-Fest>はこのバンドの一番の思い出であり、ハイライトだね。


13公演も行えば、なにか印象に残るような面白い出来事もあったのではないだろうか。


Project MishraM:印象的な出来事はたくさんあったよ。そのうちのひとつは、一日の終わりにものすごく疲れていたのにもかかわらず、まだ夕食をとっていなかった時のこと。すでに夜中の2時だったんだけど、偶然見つけた唯一開いていた店でピザを売っていたんだ。あまりにもお腹が空いていたから、人通りの少ない歩道に楽器を置いて、その場で座って食べたんだよ。今思えば、深夜のイギリスで大量の楽器を持った人たちが歩道でピザを食べている姿は、とても奇妙だったと思う。


パフォーマンスはもちろん観客からの反応も素晴らしかったのだろう。彼らは2020年、2021年の<UK Tech-Fest>にも呼ばれている。ただ、新型コロナウイルスの影響で2020年はオンラインでの開催だった。


Project MishraM:<UK Tech-Fest>のスタッフから<The UK Tech-Fest at Home 2020>の連絡があって喜んで参加したよ。事前に短いセットでの演奏を録画しなければならなかったけどね。でも、自分たちのライヴ演奏に対する人々の反応を見えたのはとてもユニークで愉快な経験となったから満足だった。2021年の<UK Tech-Fest>はまだ予断を許さない状況だけど、またすぐにでも参加したい気分。あと、<UK Tech-Fest>の人たちは、ぼくらが出会った中でも最高に親切だったよ。
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伝統を現代風に解釈した「Kanakana」(2021)

海外公演の経験も積んだProject MishraMが2021年1月に放ったのは、ユーチューバーとしても人気があるイギリスのマルチミュージシャンKmac2021のヴォーカルをフィーチャーした「Kanakana」というシングル。

Project MishraM「Kanakana」 ft. @Kmac2021

むちゃくちゃヘヴィだ。しかしこの曲は18世紀後半から19世紀初頭にかけてタミル・ナードゥ州に住んでいたカーナティック音楽作曲家ティアガラージャ(Thyagaraja)の作品「Kanakanaruchira」をアレンジしたものだとか。古典に精通していない人々にも知られるような有名な曲なのだろうか。


Project MishraM:「Kanakanaruchira」は、ティアガラージャが作曲した5つの曲から構成される「Pancharatna Krithis」の一部なんだよ。そして、これらの曲はすべてカーナティック音楽作曲法の縮図として考えられている。とは言うものの、そのコミュニティ外で認知されるほどの人気があるとは思えない。おそらくこれは、ほかの形式の音楽やそれぞれのコミュニティとの関係において、カーナティック音楽が少し独立していたり、難解だった結果なのかもしれないね。


「Kanakanaruchira」がカーナティック音楽の真髄のひとつだと言えることはわかった。しかし、この専門性の高い曲を取り上げ、とてつもなくヘヴィに仕上げたのはなぜだろう。


Project MishraM:「Kanakana」は、「Kanakanaruchira」にジェント/ソール(Djent/Thall)の要素を加えたもので、夢、もしくは理想のプロジェクトと言うべきものだった。というのも、純粋なカーナティック音楽の構成はこのような解釈に適していると常々思っていたから、このバンドがカバーするカーナティックの曲があるとすれば、この曲でなくてはならなかったのさ!そしてこの曲は“Varali”というラーガで構成されているんだけど、このラーガは印象的でやや深みのあるもの。ぼくらにとっては、ある種、超然としていて極端な感覚を表している。だからヘヴィさやアグレッシヴさを強調して過激さを演出したいと考えたんだ。


彼ら自身はカーナティック音楽を、そしてティアガラージャの重要性をしっかりと理解していることだろう。しかし、古典至上主義者の中にはこの極端なアレンジを不快に思う人もいるのではないか。


Project MishraM:どんなジャンルの音楽でもそうだけど、純粋主義者の中にはアレンジやフュージョンに難色を示す人もいるだろう。でもそんなことはあまり気にしていない。この「Kanakana」を、そしてフュージョンそのものをより広い意味での独自作品として見て欲しいと思っているんだ。ぼくらは古典音楽の“新しい聴き方”を作っているわけではないし、そういう売り方をしているわけでもない。今話したようなレンズを通して自由に見ることができれば、フュージョンは本当に発展していくと考えているんだけどね。


もちろんなんの手も加えない形で時代をまたぎ伝えていくことも間違いなく重要。しかし、考えてみれば古典の名曲も、それまでの流れを汲みながら当時の最先端の技術を用いて革新性を示したものも多かったはずだ。ならば、たとえ伝統芸能という枠組みだったとしても、かつての名曲を演奏する際、現代ならではの技術や様式を組み込んで解釈した方法もあって良いはずだ。

ところでこの曲、デビューアルバム『Meso』からの1stシングルに選ばれている。


Project MishraM:「Kanakana」はバンドの中で最もヘヴィな曲だから、独立した場所に置いておけば面白い反応が得られるだろうと思ったのが、シングルとして出す理由だった。「Loco Coko」とどちらかを1stシングルに選ぶか迷ったけど、9分以上もある「Loco Coko」に比べて、「Kanakana」の方が勝手が良いからね。

共通点のない『Meso』(2021)

Project Mishram『Meso』

Project Mishram『Meso』

収録曲
1.Sakura 08:17
2.Spring 01:11
3.Nivaasa (ft. Arun Luthra, Nadje Noordhuis, Dion Tucker) 09:51
4.Loco Coko 09:06
5.Kanakana (ft. Kmac2021) 05:45
6.Mangalam 02:41
これまで彼らのシングルを追ってきたファンには待望となるフルレンスアルバム『Meso』が2021年2月26日にリリースとなった。

バンドの説明によれば、「そもそも共通点のないアルバムにタイトルをつけようとした時に、その中間点へたどり着かなくてはならず、最終的に到達したのが“Meso(Middle)”」とのこと。

彼らはどこにも属さない、どこからも遠い場所に存在しているというのだろうか。それともどこにでも存在しうるのだろうか。“Meso(Middle)”という場所でなにも共通項や一貫性はないのだろうか。そういえば、彼らの目標とする美学は「None」なのだとか。なかなかぶっ飛んでいる。


Project MishraM:『Meso』という作品がバンド自身と同じように認識されることを望んでいた。つまり、『Meso』が一つの場所に落ち着くことなく、次に向かって進みながらも、常に一つの側面に根ざしているということ。こだわったのは、2つの曲が同じような音にならないようにすることで、すべての曲が聴覚的にも創造的にも異なる場所から生まれてくるようにしたかったんだ。このアルバムの曲が異なる時期に作曲されたことも上手く作用したね。それぞれの曲が自己完結型となっているアルバムを形にし、曲自体にまとまりとテーマ性があるようにしたかったんだ。だから曲どうしが共通点を持たないようにする必要があったということ。


かの有名な石原裕次郎「男の横丁」で「めそめそするなよ」と歌っているので、私もそうやって“男の道”を生きてきた。しかし、Project MishraMに出会ってからは“メソメソ(Meso Meso)”するにもそれだけの理由と意味があるだということを知ったのだ。たまには“メソ”ってみるものいいじゃないか。偏ることなく上手く均衡の取れるように中道という選択もあることだし。

おふざけはこの辺にしておく。

バンドが自ら“Meso”“Middle”だと伝えてくれているので説明するまでもないだろうが、それはギリシャ語由来の接頭語で“中間”を意味する。一般的にはメソアメリカ(北アメリカと南アメリカの間)やメソポタミア(河川の間の土地)という使用例が有名だろう。

ではどれほど“メソ”っているのか、実際に聴いていただこう。

Project MishraM『Meso』

一通りアルバムを聴いていただいたところで、本作『Meso』に収録されている6曲についてメンバーから教えてもらったことを書き出してみる。それぞれの曲には異なるテーマ、そしてどの曲にも新しい要素があると言う。


「Sakura」は、肉体的にも精神的にも回復すること。そしてその過程で経験する葛藤についての物語。最後の3分の1は“Thillana”と呼ばれるカーナティック音楽で、インドのダンスの伴奏として使われるリズミカルな曲。

「Spring」は「Sakura」が語る物語のエンディングになっている。「Sakura」の結末はそれぞれが自由に解釈できるようにしたかったから、この曲はあくまでもバンドの解釈にすぎない。

「Nivaasa」は“家”の概念について。それが実際にどんなものであり、ぼくらにとってどのような概念的な意味を持つのかということ。この曲はニューヨークのジャズミュージシャンであるArun Luthraと共同で作曲と編曲を行い、ホーンにはNadje NoordhuisDion Tuckerを起用した。

「Loco Coko」は広い意味での依存症について。“Loco Coko”とは南インドのコーヒーの変種から着想を得た架空のドラッグのようなもの。ここではたくさんの細かい音や1900年代のコンサートの音も少しサンプリングしてサウンドスケープを構築した。

「Kanakana」はすでに説明したように、カーナティック音楽の有名な曲「Kanakaruchira」をこのバンドなりにアレンジしたもの。

「Mangalam」とはコンサートの最後に演奏される曲の一種で、ぼくたちのアルバムも「Mangalam」を自分たちなりにアレンジして締めくくりたいと思った。ここでは可能な限り伝統的なカーナティック音楽のやり方で始まる曲に、ビートボックスとぼくたちのフレーヴァーをゆっくりと取り入れてみた。


アルバムを聴いてもらえればすぐにわかるように、かなり細部まで細心の注意を払って制作したものと思われる。そんな作品を聴く際に、制作者側として注目してもらいたい点などはあるのだろうか。


Project MishraM:このアルバムのテーマに則って、“なにも期待しない”けれど“すべてを期待する”、そして“その間にあるものを期待する”と言いたいね。ハッハッハ!リスナーに注目してもらいたい点は特にないんだ。それぞれの曲にさまざまな形で没頭して、その結果、聴いて良かったと思ってもらえれば、それ以上の喜びはない。それだけだよ。


それでは、アルバムに対する反応はどうだろうか。


Project MishraM:今のところ非常に良好だね。ここベンガルールでもアルバム発売記念ライヴを行ったけど、とても好評だった。このアルバムの大部分は自宅でリモート制作した曲なんだけど、最終的にみんなの前で一緒にライヴ演奏できて嬉しかったね。

境界を融解したその先にあるものは

以上がProject MishraMの大まかな概要である。

音楽はもとより、伝統文化でさえ積極的に他分野、とくにポップカルチャーや現代的な物事との融合を図っている今、注目するメディアさえ増えれば彼らはもっと大きな存在になる可能性を大いに秘めているはず。

アルバムがリリースされて約2カ月が経過した現在、彼らは次なる一手をなにか考えているだろうか。


Project MishraM:今のところ具体的な計画はないんだ。作曲を再開するのが楽しみというくらいかな。すでにいくつかのアイデアが浮かび始めているから、すぐに楽曲制作にとりかかることになるだろうね。あとは時が経てば物事は明確になってくるはず。そう願うよ!


ある意味、この手の音楽は発想勝負といった側面もあるので、アイデアが絶えない状態は大切だ。まだ時期尚早だとは思うが、Project MishraMが今後どのような進化を遂げていくのかは気になるところ。


Project MishraM:進化という点においては確固たる方向性は持ち合わせていない。でも、もの凄く長期的な見解として、フュージョンを徹底的に探求し、より深く、そして浅いレベルの要素も融合させることで境界線をぼやかしてさらに曖昧にしていこうと考えているんだ。


そう、彼らはカーナティック音楽の核となる要素を主軸とした“プログレッシヴ・カーナティック・フュージョン”という名の下に、あらゆる音楽を融合させることに焦点を当て続けていく。

そしてそれはその言葉から想像できる以上に色彩豊かで複雑に組み合わさったもののように感じる。まるで変化自在の万華鏡か、色とりどりの粉が舞うホーリー祭りか、はたまたスパイスを調合したマサラか。さらに言うならば、複数の化身(アヴァターラ)を持つヒンドゥーの神々の姿すらも重なって見えてくるようだ。

異なった個性をうまく融合させながらそのものどうしが持つ枠組みをぼやかしていくとどうなっていくのだろう。

おそらくProject MishraMは、どのジャンルにも存在が可能であり、その存在を特定しようとした次の瞬間には滑るように別の場所へと移動している。その繰り返し。すると彼らの音楽は聴く者の受け取り方次第で変化することになる。となれば、カーナティック音楽はもちろんのこと、メタル、ジャズ、ラテン、エレクトロニック、ヒップホップ、R&Bなど別ジャンルの音楽ファンも引き込むことになり、やがては聴く者側の境界線すらも消えていくのかもしれない。

さらに想像を膨らませれば、今は曲それぞれにテーマがある状態だが、やがては、それぞれの曲自体の枠組みさえも消え去るかもしれないし、それが進めばシングルやアルバムという枠組みのない作品、まさにProject MishraMという名前でしか括れない摩訶不思議な音楽が現れることだって考えられる。生活する上で境界がある程度必要なのは間違いない。しかし、目に見えるもの見えないもの問わず、人間が勝手に線引をして境界を設けた物事がそもそも多すぎる気がする。本来別のものでなかったものまで分けてしまっていないだろうか。

彼らの目標とする融合を突き詰めていった先になにがあるのかは未知の領域だ。既存のものを融合、アレンジして新しいスタンダードが生まれることもある。たとえば、オムライスやナポリタン、カレーライスなどの日本における独自の洋食のように、カーナティック音楽なのに洋楽であって、洋楽なのにインド音楽という自分たちのアイデンティティを保った上での新境地が開拓されるかもしれない。

なんにせよ、どうなるのかはいずれわかる。しかし、このように想像を刺激して楽しませてくれるバンドもそう多くはないだろう。すぐにでもインターネットやCDという境界線を取り払って直接彼らの音にライヴで触れたくなる。

いや、はたしてそれだけだろうか。

高度な技術や知識が必要不可欠な音楽なのにもかかわらず、Project MishraMは、音楽や表現、感じ方は自由であることを、そしてジャンルで括るより以前に、音楽とはかくも素晴らしいものであるということを再認識させてくれる、そんなバンドなのだと思う。
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