アジア金属マル秘発掘報告 〜中国|ASTHENIA〜

アジアのメタルシーン
埋もれた秘宝を発見せよ!世界各地にはまだまだ知られざるバンドがうごめいている。ここではアジア圏に的を絞って探りをいれて掘り起こし、簡単な調査報告をしていく。その価値は未知数。
今回は、中華人民共和国のポストブラックメタル/ブラックゲイズ・バンドASTHENIA。
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金属名:ASTHENIA(虚症)
産出地:北京


人の心を惑わし揺るがせるのは季節の変わり目。とくに秋から冬に向かうとき、人は言いようもない物悲しい気分に包まれてしまう。気力が失せてぼうぜんと立ち尽くしてしまうこともあるだろう。

しかし、そのすべてがマイナスにつながるというわけでもない。分厚いに雪に閉ざされて身動きがとれなくメランコリーは感受性をどこまでも高めてくれるだけではなく、その揺さぶられた心の反動が表現活動へと導いてくれることもある。そして春が巡ってくるのだ。

今回は、今年の初夏に3rdフルレンス・アルバム『Aisa』を発表した中国のポストブラックメタル/ブラックゲイズ、ASTHENIAを紹介する。

2014年『ASTHENIA / WITHER』 スプリットEP
2014年『Still Lifes』 1stアルバム
2017年『Nucleation』 2ndアルバム
2018年「Narcissi」 シングル
2018年『Aplastic / Malebolge』 EP
2020年『Aisa』 3rdアルバム


現在のメンバーは以下の通り。

ヴォーカル、ギター:Asthen
ベース:Pei
ギター:StelleXify

ポストブラックメタル/ブラックゲイズは理解者

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インタヴューに答えてくれたAsthen。
話を伺ったのはバンドの中心人物であるAsthen。“美しくも儚い”ものに惹かれる知的な彼は、とても深い思考の末にアルバムを制作しているだけではなく、日本の文化にも精通しており、作品にもそれが反映されているのはかなり興味深い。

バンドの結成は2014年とのこと。まずはどのようにしてASTHENIAが結成されたのかを聞いてみた。


Asthen:当時は大学1年だったんです。高校生の時はメタルコアを演奏していたんですが、周囲の環境が激変したせいか、急に情熱を感じなくなってしまいました。それは自分の作っている音楽に限らず、あらゆることに関してなのですが。ちょうどそんな時にポストブラックメタル/ブラックゲイズというジャンルに出会ったんです。ALCESTは当然のことながら、MORPHINISTČERNÁなどのバンドたちですね。このジャンルの音楽はまさに自分の気持ちにぴったりで、その時に感じていたことをこのジャンルの音楽を通して表現できるのではないかと思ったのです。それでバンドを結成することにしました。あとはごく普通の話で、デモを作って、それをインターネット上で公開してメンバーを募集しました。すると何人かの人が興味を持ってくれたので、リハーサルをしてバンドができたというわけです。


音楽のみならず、あらゆる事柄に情熱を失ってしまったAsthenを理解し包み込んでくれたのがポストブラックメタル/ブラックゲイズであり、彼が自身の感情を表現できると思ったのが唯一このジャンルの音楽であったということだ。

今の話からすると彼がこの道に踏み込んだのは己の心に従っただけであり、直接的に音楽シーンの影響を受けたわけではないことがわかるが、彼はASTHENIA結成時、身のまわりのシーンをどのように見ていたのだろうか。


Asthen:私はメタル・シーンの調査を積極的におこなっていなかったし、実際に仕事として携わっていたわけでもないので、きちんとした回答ができるかどうか自信がありません。でも、概してそれ以前と変わりないと思いますよ。かなりアクティブなバンドがいて、かなりの数のライヴが行われていた。シーンはほとんどがアンダーグラウンドなのですが、それでもフォロワーの数は相当いましたね。


漠然としていてあまり見えてこない。では、中国におけるポストブラックメタル/ブラックゲイズといった潮流はどうだったのだろうか。


Asthen:正直なところあまり覚えていないのです。その頃、DEEP MOUNTAINSはずいぶん認知されていたと思いますが、ほかのバンドはよくわかりません。例えば最近話題になるBLISS-ILLUSIONをはじめとした中国のポストブラックメタル/ブラックゲイズのほとんどはこの時期から始まっていると思います。でも海外でこの手の音楽がはやっていることはすでに中国でも認知されていました。ALCESTなんかは特に。


少し補足しておくと、この『アジア金属マル秘発掘報告』シリーズで以前取り上げたDOPAMINEは、中国におけるポストブラックメタルのパイオニアと言われる存在。そんな彼らが結成されたのが2008年。DEEP MOUNTAINS深山)はその翌年に結成され、2010年にデビューしている。そして今、国外でも話題となっているBLISS-ILLUSION虚极)は2015年の結成だ。

これによりASTHENIAの発生時期がわかったが、それよりもAsthenというミュージシャンはメタル・シーンの動向にはほとんど関心がないということの方が強い印象を残す。この部分は後に考察してみよう。

力及ばないことを受け入れよ。無力を力に変えて

ASTHENIAというバンド名。なじみの薄い英単語だったので調べてみたところ“無力(症)”のことだと判明した。


Asthen:そう、私たちは無力だと感じることがあるからそうしたのです。Astheniaは力が入らない病気のことなのですが、ここでは人々が本来持っている無力さをきちんと理解するという意味でこのバンド名に決めました。これがわかってさえいればそういう苦しみにある時の助けにもなると思うのです。


医学用語を使用してはいるが、病気そのものよりももっと幅広い意味があるとのこと。確かに我々はしばしば意気消沈もすれば、己の無力さを思い知らされて虚脱感に苛まれる時もある。そんな時に無理強いをして頑張らせる、または頑張ろうとしてもどうにもならない。人は万能ではなく弱い生き物だということか。


Asthen:医学用語を使うのはむしろ比喩といったところ。必ずしも弱さというわけではないですが、達成できないことがあることを知り、それを認め、さらには成し遂げたくないのだということを理解することです。先程もお話ししたように、このバンドを始めた頃はあらゆることに情熱を失っていたのですが、その気持ちがこの名前にも表れていると思います。人は弱い存在だとは言いませんが、たとえ力ある人でも手の届かないものはあるわけです。その部分を指摘して理解する。おそらくその過程で自分自身に力を与えようと思っただけなのです。

デビュー作『ASTHENIA / WITHER』 スプリットEP(2014)

ASTHENIAのデビューは内モンゴル自治区(南モンゴル)のデプレッシヴ・ブラックメタルWITHERとのスプリットEPで、Kill The Light Productionsという内モンゴル自治区のレーベルから2014年8月2日にリリースされた。このレーベルは中国のフォークメタル、パワーメタル、スラッシュメタル、メロディック・デスメタルなどの作品を送り出してきたInfected Blood Recordsの傘下であり、Lifeless Memories Recordsもそこに含まれる。


Asthen:まず、レーベルについてですが、Infected Blood RecordsKill The Light ProductionsLifeless Memories RecordsはすべてWITHERの中心メンバーである毁怜が運営しています。とても良い人なんですよ。バンドが結成されたばかりの頃、私がインターネット上にデモを投稿したのを彼が見つけてくれて、リリースの話をもらいました。人生初のことでしたので、とても嬉しくなりましたよ。ほかのバンドと共同でのスプリットEPとなったのは、私たちのような新しいバンドを紹介する最善の方法だからです。そして、Kill The Light ProductionsInfected Blood Recordsの一部で、CD-Rとカセットテープのリリースを、そしてLifeless Memories Recordsは通常のCDに力を入れているというのが正しいと思います。私が調べたところ、現在はKill The Light ProductionsLifeless Memories Recordsはそれぞれの活動を停止しており、主要レーベルであるInfected Blood Recordsのみが活動を続けているようです。
ASTHENIA / WITHER

ASTHENIA / WITHER

収録曲
01.ASTHENIA --- Strelitzia Part I 04:36
02.ASTHENIA --- Strelitzia Part II 06:05
03.WITHER --- Long Way To Happy Part II 11:40
ASTHENIAはこのデビュー作に「Strelitzia Part I」「Strelitzia Part II」の2曲を収録している。ここでタイトルとなっている“ストレリチア”は花の名前のはず。


Asthen:そう、植物の一種。中国語では天鳥花(天堂鸟花)、日本語でも極楽鳥花という別名があります。この花ががとても奇麗だと思いました。また、花は“美しくも儚い”存在であり、それは私のバンドの哲学にも通じるものがあります。


この部分はバンド命名の話を聞いた後なら十分に理解できるだろう。

本作はわずか6年前のものではあるが、若い頃の6年というのは濃密で多くの学びと成長があるもの。彼はこのデビュー作を振り返ってどのように感じているのだろうか。


Asthen:正直言って、私の曲、特にASTHENIAの曲はかなり個人的なものなので、昔の作品を聴くのはとても恥ずかしいです。まるで10年前の自分の日記を読んでいるかのようです。当然、自分がどう感じていたかは覚えていますし、曲に込められた感情も理解できます。その点では過去の自分を尊重しますが、必ずしも現在の自分が同じように感じているとは限りません。さらに​音楽的な部分ではもっと閉口させられます。​私はここ数年いろいろなことを学ぼうと努力してきました。ですから今の自分にとっては音楽として成立していない曲ばかりなんですよ。​それらのモチーフを理解して尊重していますし、アイデアの中にはいくらか興味深いものもありますが、今の私の考え方で作り直せたら素晴らしいでしょうね。

美しくも儚き花を描写する『Still Lifes』(2014)

ASTHENIA『Still Lifes』

ASTHENIA『Still Lifes』

収録曲
01.Inferioria 03:19
02.Still Lifes: Strelitzia 17:46
03.Still Lifes: Convallaria 07:37
04.Still Lifes: Euphorbia 12:26
05.Narcissia 05:39
デビューから3カ月後の11月18日に1stフルレンス・アルバム『Still Lifes』Lifeless Memories Recordsからリリースされた。先程の話にあるように、デビュー作がリリースされたKill The Light Productionsと同じくWITHER毁怜が運営するInfected Blood Recordsの傘下にあったレーベルだ。

本作は5曲入りだが、2曲目から4曲目まではそれぞれ「Still Lifes: Strelitzia」「Still Lifes: Convallaria」「Still Lifes: Euphorbia」という組曲形式になっている。そのどれもが花に関するタイトルで、Convallariaはスズラン属、Euphorbiaはトウダイグサ属のこと。そしてStill Lifesとは静物画を意味するので、それぞれの花のイメージを静物画を描くように表現したということだろう。


Asthen:ええ、そうですね。アルバム全体が花に焦点を当てたものになっているのは、先ほど話したように、当時の私にとって花は“美しくも儚い”ものだったんです。その価値を評価したかった。タイトルのStill Lifesは、静物画のように花を描くことのメタファーなのです。また、5曲目の「Narcissia」はナルシシズムの言葉遊びですが、Narcissiは植物の名前(スイセン)でもあります。これはASTHENIAのために書いた最初の曲なので、植物の名前を曲名に使うというアイデアはここから生まれました。また、単語の語尾を“-ia”と変化させたのは、ほかのタイトルやバンド名と統一感を出すためです。
ほの暗いアートワークにはストレリチアがおぼろげに光っている。この『Still Lifes』のアートワークに関して面白い話を聞いたのでご紹介したい。


Asthen:​アートワークについては、描き手に明確な指示を与えることはせず、ただ曲の基本的なアイデアやテーマを伝えて、それをアーティスト自身に解釈させることで、芸術的な品位を保つようにします。アーティストが考えたオリジナルのアートワークは、森の奥深くに咲く美しくも孤独な花として描かれましたが、最終的にそれは限定盤に使用されることになりました。アイデア自体は気に入っていたのですが、仕上がった作品に「これだ」という確信が持てなかったのです。ですが、レーベル側は完成した作品を破棄してしまうのはもったいないと考えたのです。通常盤には、日本のSF作家である石黒達昌『冬至草』のカバーを参考にしたものを用いています。私はこの小説と表紙がとても気に入っているんですよ。

それではここでオリジナルのアートワークをご覧いただこう。
ASTHENIA『Still Lifes』限定盤

ASTHENIA『Still Lifes』限定盤

裸体の女性が血の涙を流してストレリチアと思しき花の中にいる。

Asthen:実はこれが原因で“Big Breast Black Metal(デカパイ・ブラックメタル)”なんてあだ名がつけられたんですよ(笑)

大手レーベルに認められた才能、個人的なASTHENIA

ASTHENIAは2017年11月10日(CDは11月26日)に2ndフルレンス・アルバム『Nucleation』をリリースした。しかし今回のレーベルは世界的に名を知られる中国のPest Productionsだ。


Asthen:『Still Lifes』のリリース後にPest Productionsから連絡がありました。彼らはとても有名なのでとても嬉しかったですよ。Lifeless Memories Recordsは私の決断を理解してくれ、大手レーベルに認められたことを喜んでくれました。とは言っても本心では残ってほしいと思っていたはずですが。ともかく私は双方に感謝しています。


今作の特徴の一つとして、Asthenがすべてを作曲して演奏(ドラムはプログラム)していることが挙げられる。メンバーを集めてバンドという形態で始めたはずだが、まるでワンマン・プロジェクトのようなスタイルでアルバムを制作したのはどうしてだろうか。


Asthen:ASTHENIAの音楽はこれまでずっと個人的なものだったので、全部自分で作曲することで意味を成すのではないかと考えたのです。タイトルやその内容は私が考えますが、すべての歌詞はベーシストのPeiが書いています。私は歌詞にまったく自信がありませんし、その点、彼女は英文学の学士号を持っているので。ですから歌詞は彼女にとって個人的なものになっているはずです。ええっと、ここで言う“個人的”という言葉の使い方を明確にした方が良いかもしれませんね。私は、芸術作品はアーティスト自身のことであるべきだと言っているのではなく、誰かのためではなく、自分自身のために作られたものであり、アーティストの目には完璧な作品として映るように作られたものだということです。もちろん、芸術とは常にそうであるべきだと言っているわけではありませんよ。

雪女とウィトゲンシュタイン『Nucleation』(2017) 

ASTHENIA『Nucleation』

ASTHENIA『Nucleation』

収録曲
01.The World Is Everything... 02:20
02.Neoteny 09:18
03.Asrah Levitation 06:14
04.Fuyu-syogun 07:52
05.The Vienna Circle 02:40
06.Yuki-hime 04:04
07....the Case 03:31
08.Nucleation 07:00
実はこの『Nucleation』というアルバムは日本の伝承として有名な『雪女』の物語に触発されたと聞いた。どのようなきっかけでこの物語を知ったのだろうか。


Asthen:私はとても若い頃、おそらく小学生の頃からずっと日本の文化が好きでした。そして大学生になったときには日本の小説を読み漁りました。そんな中、京極夏彦の作品から妖怪や怪談に興味を持ち始めたのです。そして小泉八雲にたどり着き、『怪談』から『雪女』の話を知ることになりました。けれども、どんなインスピレーションや印象をそこから受け取ったのかというのは言葉にして説明するのは難しい。ですから音楽として表現したのです。簡単に言うと、『Nucleation』というアルバム自体がその物語から受けたインスピレーションなわけで……。でも強いて言うならば、悲しみ。日本語で言うなら“どうしようもない悲しみ”とか……。私は彼女の悲劇的なところに惹かれたのです。


雪女の話は雪の降り積もる各地で語り継がれてきたが、もっとも知られているのは小泉八雲が著した『雪女』だろう。巳之吉はお雪という色白の美女と出会い幸せに暮らすが、秘密にせねばならない約束をうっかり破ってしまったことで、お雪と幸せだった生活の両方を一瞬にして失ってしまう。いや、幸せな生活を失ったのは果たして巳之吉だったのだろうか。人に恋した妖怪お雪の切ない物語ともとれる。そこにAsthenは気づいていた。

ともかく、日本が古来大切にしてきたのは桜に代表されるような“あはれ”であり、それはこの『雪女』にも息づいている。そして、花を“美しくも儚い”と感じるAsthenの心はこの物語に同様の感覚を覚えたに違いない。

ではその物語を彼はどのような形で表現したのだろうか。


Asthen:実はそれぞれに明確な場面を想像して曲作りをしたわけではないのですが、曖昧なコンセプトというかストーリーめいたものがあります。簡単に言うと、『雪女』の物語をどのように感じるのか、あるいは主人公がどのように感じるのか、そして曲をどのように感じるのかという感情の旅のようなものだと思います。実際、このアルバムで示しているのは本からの物語そのままではなく、もっと再考しようなヴァージョン。雪女ともうひとりの織りなす別の物語ですね。


しかし、なぜにそれがNucleation核形成)というタイトルにつながっていくのがわからない。


Asthen:Nucleationとは結晶の形成を意味し、ここでは雪の結晶の形成を暗示しているのです。アルバムのクライマックスで雪女は雪に変わってしまうのですが、タイトルはその瞬間を表しています。ですから結晶の形成(実際にはミョウバン)を撮影した科学的な写真をアートワークに使用しています。かなり直接的ですが、この結晶の見え方がとても好きなんです。


学術的な用語を好む彼らしく、少し難しい言葉が出てきたが、意図することを理解すればとてもわかりやすく洒落た表現だと納得できる。

だが、この『Nucleation』なるアルバムはただ『雪女』にインスパイアされただけの作品ではない。
1曲目「The World is Everything…」そして7曲目「…The Case」は、哲学者ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』の最初の一文「The World is Everything that is the Case(世界は事実の総体である)」からのものであり、『Nucleation』の大部分はその本の中で提示された事柄にインスパイアされたのだと聞いた。(ちなみに「語りえぬものについては、沈黙しなければならない」も『論理哲学論考』の有名な言葉だ)もちろんAsthenは後にウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』で示した考えを一部改めたことも承知している。

ということはAsthenの生み出した『Nucleation』の世界を堪能するには、『雪女』『論理哲学論考』を把握する必要があるということ。鋭い洞察力と深い思考の成せる技だ。興味がある方はぜひ挑戦していただきたい。

ASTHENIA「Asrah Levitation」

未知の恐怖を届けるASTHENとFUYU-SYOGUN(2017)

AsthenASTHENIAとして『Nucleation』をリリースした直後の12月21日に、ASTHENFUYU-SYOGUN『Aerodynamics』というEPもリリースしている。

彼はASTHENIAのほかに自分の芸名を冠したASTHEN、そしてFUYU-SYOGUNという3つのプロジェクトを使って作品を発表しているのだ。ちなみに、『Nucleation』には「Fuyu-Syogun」という曲も収録されていたことからお気に入りの単語なのだろう。


Asthen:時にはASTHENIAにそぐわない曲を作ることもある。それで、別プロジェクトの名の下に使用することになります。例えば、インディ/ポストロック的なものはFUYU-SYOGUNに。さらにメタル寄りのものはASTHENにするわけです。
それにしてもFUYU-SYOGUN冬将軍)とはまた味わい深い言葉の選択だ。


Asthen:いつだって私は冬と雪が好きなんです。それと、パイロットの万年筆用インキに『iroshizuku-色彩雫』というシリーズがあって、中でも“冬将軍”と名付けられた色がお気に入り。誕生日プレゼントとしていただいたこともあるくらいです。
ASTHEN & FUYU-SYOGUN『Aerody...

ASTHEN & FUYU-SYOGUN『Aerodynamics』

収録曲
01.ASTHEN --- Vega 05:13
02.ASTHEN --- Altair 04:23
03.ASTHEN --- Deneb 04:04
04.FUYU-SYOGUN --- Lyra 02:59
05.FUYU-SYOGUN --- Aquila 02:45
06.FUYU-SYOGUN --- Cygnus 01:28
ご覧のとおりアートワークは抽象的。さらに、歌詞を聞き取ろうとしても判然としない。彼はこのサイド・プロジェクトで何を表現したかったのだろう。


Asthen:広大で深遠な宇宙や未知の世界の恐怖をテーマにしたH.P.ラヴクラフトのようなSFホラーにインスパイアされたEPなんです。6曲のタイトルすべては、夏の大三角にある星の名前とその星座名になっていて、テーマが反映されています。ここでの歌詞は本物の言葉ではなく、疑似言語なんですよ。なにしろテーマが未知なわけですから。アートワークはロールシャッハ・テストをイメージしています。


言われてみれば、ASTHENとしての3曲「Vega(ベガ/織姫星)」「Altair(アルタイル/彦星)」「Deneb(デネブ)」は夏の夜空に輝く1等星の名前。これら3つの星は天の川に大きな三角形を形成する。そして、FUYU-SYOGUNとしての3曲にはベガを有する「Lyra(琴座)」、アルタイルを有する「Aquila(わし座)」、デネブを有する「Cygnus(白鳥座)」とそれぞれに呼応するように星座の名前が当てられている。

つまり今回の作品は、2つのサイド・プロジェクトによるスプリット作品ではなく、曲調の異なる別名義のプロジェクトで制作した1つの作品ということだ。

なかなか興味深い試みだと思ったのだが、今のところこちらのプロジェクトに今後の予定はないとのこと。

ちなみに、アートワークに使用されたのは“冬将軍”のインキではなく水彩絵具である。

成長の過程 「Narcissi」(2018) シングル

Asthenは再びASTHENIAとしての活動に戻り、2018年1月1日にシングル「Narcissi」をリリースする。
彼の話を思い出してみれば、これはASTHENIAのために書いた最初の曲であり、1stフルレンス・アルバム『Still Lifes』「Narcissia」として収録されていた曲であることがわかる。

しかし、そのほかにも『Still Lifes』の2枚組限定盤のDisc2に4部構成(約20分)の「Narcissi」デモが存在しているのだ。ヴァリエーションがありすぎて混乱する。


Asthen:少しややこしいのですが、この曲はもともと「Narcissi」として9分間の長さでした。それを分解して4曲入りのEPにしたのが、オンラインに発表したデモだったんです。最終的にアルバムに収録されている「Narcissiaは、オリジナルを煮詰めて5分の長さにしています。元の曲は繰り返しが多すぎたのでシンプルにすることにしました。


ではその曲をなぜまたシングルでリリースしようと思ったのだろうか。


Asthen:改良点はプロダクション面が主です。この数年の間に学んできたことの中ではプロダクションに関する部分が大きいので、レコーディングやミキシングの練習をしていると考えてもいいかもしれませんね。


話によれば、アレンジも自分一人で行ったという。彼はもっとも未熟な時に書いた曲を用いて自分の成長を確認、証明したのだ。

脱皮の予兆『Aplastic / Malebolge』EP(2018)

2018年8月16日、ASTHENIAは新曲として「Aplastic」「Malebolge」という2曲を収録したEPを発表した。
「Aplastic」はエモーショナルで、「Malebolge」はアグレッシヴ。今になって振り返ってみれば、2つの異なった要素を提示したこのEPは、後にリリースされる『Aisa』での発展の片鱗を見せる意図も含まれていたのではないか。


Asthen:そうなんですよ。まさに『Aisa』のプレヴューでした。目的としてはアルバムのためのアイデアをいくつかを試してみて、それがうまくいくかどうか、そして後のアルバムのガイドラインとして機能するかどうかを確認することでした。対照的な要素を併せ持つアルバムというアイデアは最初からあったので、EPはそれを試すためのものだったというわけです。

そしてASTHENIAはここから大きく飛躍する。

作曲能力の限界へ『Aisa』(2020) 

3rdフルレンス・アルバムとなる『Aisa』は2020年6月5日にデジタル、6月20日にCDがリリースされた。レーベルは前作に引き続きPest Productions
ASTHENIA『Aisa』

ASTHENIA『Aisa』

収録曲
01.Aplastic 05:41
02.Noelle / Tōya 05:44
03.Vitreous 05:14
04.Tachyon 03:26
05.Eleatics 02:20
06.Neurulae 07:10
07.Malebolge / Eviternità 10:13
08.Aisa 13:08
Asthen:このアルバムは作曲するのが一番大変でした。音楽の種類、楽器の種類、そしてもっと重要なのは実際の音楽そのもの。その点において自分の作曲能力の限界を試してみたかったからです。この数年間の学習において、音楽の核となるメロディー、ハーモニー、リズムの重要性にますます気づくようになりました。今まではあまり気にしていなかったところも多かったのですが、『Aisa』の場合は妥協せず、なにからなにまですべてに磨きをかけていこうと思いました。


間にさまざまな作品を挟みつつ、『Nucleation』から3年の歳月をかけて成長した証を見せつけたアルバムとなったことは間違いない。作曲以外の技術面で言えば、ホームスタジオでの制作だった前作とは違い、今作はドラム、ストリングス、ピアノ奏者を起用してきちんとしたスタジオでレコーディングされていることも重要な部分だろう。


Asthen:プロダクション面もこれまでで一番大変でしたよ。ドラム、ストリングス、ピアノのすべてを実際にレコーディングすることに決めたので、そのためにゲスト・ミュージシャンの雇用、リハーサル、スタジオの予約など含めてかなり苦労しました。また、今回はMagnus Lindbergにミキシングとマスタリングを担当してもらいました。これも私にとっては初めての経験です。


Magnus Lindbergはスウェーデンのポストメタル・バンドCULT OF LUNAのメンバーで、LUCIFERNAGLFARなどのマスタリングを手がけるなど、エンジニアとしての腕も確かな人物。

『Aisa』に協力したゲスト・ミュージシャンは以下の通り。

ドラム:Grind Wang
ピアノ:YaoXinyu Lian
ヴィオラ:Felice
チェロ:Lijingyuan Zhang
女性ヴォーカル:Lucy Qin

Asthenによれば、今作は「演奏するのが難しい曲」ということなので、北京でもそれなりの技術を持った人が選出されているはず。


Asthen:もっともよく知られているのはドラマーで、現在は非常に有名な中国のメタル・バンドYAKSA夜叉)のメンバー。セッション・ドラマーとしてライヴでも手伝ってもらっています。あとはほとんどが友達つながりのミュージシャンで、学生か音楽の先生です。Lucyは現在アメリカに留学中ですが、大概の人は私の町に住んでいます。


ということは、今回ドラムを演奏しているGrind Wangは2019年からYAKSA夜叉)に加入した王石展ということになる。Asthenよると、作曲にもっとも苦労したのが13分の長さを持つタイトル・トラック「Aisa」。その曲の長さに加え、変拍子があるのでドラムのレコーディングにはかなり時間がかかったというのだが、すべての曲のドラム・パートは1日で終了させたのだとか。Grind Wangの技術力の高さがうかがい知れるエピソードだ。
また、ピアノやストリングス・パートの作曲は演奏者に委ねる部分もあったのかと思ったのだが、すべてのパートをAsthenが書いていると教えてくれた。

歌詞はこれまでと変わらずPeiが書いているとはいえ、やはりそろそろASTHENIAAsthenのソロとして捉えた方が良いのだろうかという疑問も湧いてくるが、彼によれば「厳密にはソロでない」とのこと。おそらくは、彼の世界観にPeiがサポートしたものをバンド形式で表現しているということか。

聴きたい音楽がないからこそ

初期の頃と比べて『Aisa』は明らかに多様性に富んでいる。ブラックメタル由来の攻撃性はアルバムの後半に顔をのぞかせるものの、ピアノやストリングスを使用しながら、よりアンビエントでエモーショナルに情景を描いてゆく。それは時として映画の一場面を見せられているかのような感覚を覚えるほどだ。

ASTHENIA「Tachyon」

どの曲も徹底的に磨き込んだことで「自分のお気に入りを選ぶのは難しい」ということだっが、強いて挙げるなら「Tachyon」とのこと。
そう言えば以前、Asthenに好みのミュージシャンを聞いたことがあった。その時、彼の口から出てきたのは、THE OCEANKATATONIATESSERACTCICADA(台湾)、MOUSE ON THE KYES、エクストリーム・ミュージック出身で現在は映画音楽も手がけるÓlafur Arnaldsオーラヴル・アルナルズ)、そしてゲーム音楽。

なるほどと納得できる名前を挙げてくれたが、今回のアルバムで見せた成長を考えれば、それらの領域以外からインスピレーションを受けているのではないかという気がした。

Asthen:ずっとこのサウンドトラック的なアプローチの方向性を私は目指してきたのです。今では音楽的なボキャブラリーも豊富になったことで、そのアプローチの仕方がわかってきたということ。ですから、特に今回のアルバムは今までとは違うように聞こえるかもしれない。しかし、それはテーマやトーンが違うというだけのことであって、次もこれと同じような作品を書くということではありません。それぞれのアルバムごとに“自分が表現したいこと”を最優先にして、自分が感じていることを完璧に表現できる音を探しているのですが、『Aisa』はたまたまこの様になったということですね。そこでインスピレーションに関する話ですが、学べば学ぶほど、ほかのミュージシャンからのインスピレーションが減っていくような気がします。結局のところ、音楽を作る主な動機の一つは、“聴きたい音楽が存在しない”ということに気づくことなんです。ちなみに、LEPROUS『Pitfalls』も好きですよ。でも、インスピレーションになったというわけではないですし、『Aisa』を書き終えた後にリリースされています。


“求めているもの、満たしてくれるものがない”だから“自分の欲しているものを創り出す”という根源的欲求にして純粋な動機によって『Aisa』は生み出されたということ。

それはなにもミュージシャンに限らず、クリエイターと呼ばれている人々は大概そういうものなのかもしれない。けれども、人前に出すからにはあらゆる欲や体裁、都合といったものがまとわりつくもので、あるがままを届けるのは簡単なことではないだろう。

死の恐怖を超えて

「“自分が表現したいこと”を最優先にして、自分が感じていることを完璧に表現できる音を探している」と話してくれたAsthen

彼にとって作品はある種の赤裸々な告白ともいえる。この『Aisa』ではなにを表現しているのだろうか。アルバムに収録された8曲それぞれの曲はつながっているかのように滑らかに流れていく。アルバム全体を通して1つのテーマを扱っているようだ。


Asthen:そうです。アルバム・タイトルとなったAisaアイサ)はギリシャ神話に登場する女神の名前のことで、彼女は運命の女神の一人であり、人の死をコントロールしている存在。今作は、私の死に対する恐怖心に根ざしたもの。基本的には私の死に対する感情や考え、想像を表現していて曲ごとに異なる側面を持っているんです。​たとえば、「Noelle / Tōya」は、死に直面している人の“ライフ・レヴュー(死の間際に自分の人生史を見る現象)”と考えることができます。これまでの美しい物事すべてを想い出しながらそれらが過ぎ去ってしまったことに嘆いているのです。​一方、「Aisa」は女神のポートレートであり、死そのものの想像の産物であると考えられます。もちろん、音楽はあくまでも感情の伝達手段に過ぎないので、私はなにかの質問に答えたり意見を提供しようとしているわけでありません。


彼の話を捕捉しておこう。ギリシャ神話において人間の運命を糸で操るのがモイラ三姉妹。運命の糸を紡いで割り当てるのが長女クロートー。次女のラケシスは運命の図柄を描いて寿命の長さを決定する。そしてその糸を切る役割を担うのが末妹のアトロポス、別名アイサである。

宗教での教えやスピリチュアル的な視点、または死を哲学したものは、本人が理解して納得できない限りはなにも変わらないので、ここではさておくが、人は誰しも一度は死の恐怖に怯えることがあるはず。死は、国籍、世代、性別を問わずすべての人間、いや、生きとし生けるものに訪れる。それは今この瞬間かもしれなければ、50年、60年先のことかもしれない。自ら命を絶つ場合は別だが、このようにいつかわからない不確かさをもって我々は確実に死ぬのだ。何人たりとも死を制御することはかなわない。生きている限りは死に支配されている。しかもそれは生きている人にとって未知の領域。不安になるのも無理はない。

彼が死に対して感じた恐怖をもう少し知りたい。


Asthen:Aisaアイサ)の別名であるアトロポスはギリシャ語で“不可避のもの”のこと。そして、この避けようもないことは、他のすべてをほとんど意味のないものにしてしまう……死にとってみれば、どれほど生きて何をしてきたのかなど関係ないのです。死はそこにある。でも人生すべてが私にとって無意味だと言っているわけではありません。私は人生を愛しています!出会った人々を愛しているし、自分のやっていることも愛している。自分が存在しているという事実を愛しているから、自分の存在が尽きてしまうという考えは私を恐怖に陥れるのです。存在はこの世界で最も実質的な概念なのだと思います。


“私”や“存在”の話は避けるが、死の恐怖は喪失であると聞いた覚えがある。人は物質的なもの以外にも知識や経験、愛情もため込み、それが大きく膨れあがっていくにしたがい、失うことを“いとをしむ”。そこには愛も哀も含まれている。それでも軽やかに平然と生きられたらどれほど良いだろう。

愛しい存在を失う恐怖や不安、悲しみを彼はどのように処理したのだろうか。


Asthen:「Aplastic」では私の恐れ、「Noelle / Tōya」では悲しみ、「Vitreous」では闘争を表現し、「Neurulae」「Malebolge / Eviternita」では死後の世界を想像しています。私の死に対するさまざまな感情や想像をそれぞれの曲で描いているわけです。もちろんこれはただのアルバムですから、なにが変わるというわけでもありませんが、この作品のおかげでその思考に溺れずに済みました。なにも考えられない時期があって、でもなにかしなければいけないと思ってこれを作ったのです。自分の気持ちを吐き出しながら泣き叫んでいるようなものですから、もうこれ以上考えても仕方がないと自分に言い聞かせて、ようやく残りの人生を歩んでいけるようになりました。今ではこんなことも普通に話すことができます。私はこのアルバムに救われたのです。
生と死はひとつ。死が常にそこにあることに変わりはない。しかし、Asthenは自らの力で己の世界の限界に変化をもたらした。そのことで新たな世界へ、そして見えなかった世界の外を垣間見た。ひょっとしたら彼はここで擬似的に一度死んだのかもしれない。そして自分自身に向けて挽歌、魂鎮めの歌を歌ったのではないか。

別の言い方をすれば、心の内でよどみ渦巻いていた感情を解放することでカタルシスが得られ、思考を整理できた。『Aisa』という作品は彼にとってアートセラピーとなったのである。

さらに死を通して生を見たことで、その力強い輝きに相反するような脆弱な存在に、これまで同様“美しくも儚い”尊きものを感じた。ゆえにやがては潰えてしまう生を無意味とするのではなく、今というかけがえのないこの一瞬を生きようと決意したのだということ。

「もうこれ以上考えても仕方がない」と言った彼の言葉は諦めの言葉ではない。あがきながら思考した結果、身軽になって平然と振る舞えるようになったのだ。

*今回は割愛したが、彼の話は人体冷凍保存の話題まで及んでいたことを付け加えておく。

死を目前に想うは美しき洞爺湖

まるで、いまわの際で見る走馬灯のような感覚を「Noelle / Tōya」で表現したAsthen。実はここでタイトルとなっているTōyaとは、ジオパークにも認定されている北海道の洞爺湖のこと。彼は2017年頃にその場に訪れ、感銘を受けて今回の作品に反映したとか。人生最後の回想を洞爺湖での情景に重ね合わせるというのは興味深い。彼はそこでなにを思ったのか。


Asthen:友人が洞爺湖の写真を見せてくれたことがあります。それがあまりにも奇麗だったので、絶対に見に行くべきだと思っていたのです。それで観光として初めて北海道へ訪れました。すると、まさに期待通りのところで、その景色は忘れ難いほどの美しさだったのです。それはもしかすると私が死にゆくときにもっとも恋しいものの一つになるかもしれないと思えるほどに。ですから“ライフ・レヴュー”を想像したというわけなのです。


これまでに雪女や洞爺湖がインスピレーションとなり、ASTHENIAの音楽の一部となってきた。話を聞いてみれば、小説はもとより、ポップスやロックといった音楽からアニメまで日本のあらゆるものを楽しんでくれているようだ。彼はこうした日本の文化のどこに惹かれたのだろうか。中国にも、そして多くの国にも美しい景観の場所はあるだろうし興味深い文化もあるはず。


Asthen:言葉にするのは本当に難しいことなのですが、日本の文化の繊細さ、静寂さ、その持続性をとても評価しています。もちろん、そういうものは中国を含めてほかの国の文化にもあります。今回のギリシャ神話の例もあるようにASTHENIAはたくさんの文化を取り入れていますから、機会があれば自国の文化も題材にしたいですね。


日本人が連綿と受け継いできた伝統や、無意識にたゆみなく行ってきた習慣に込められたものを重んじてくれているということ。そしてその目は世界各国にも向けられている。

自分を表現する際に、他を異質なものとして排斥することで自己の存在を確立しようと躍起になっている様がしばしば見受けられるが、彼はその反対側にいる。あらゆる優れた文化を用いながら己の感情を的確かつ具体的に表現しているのだ。

『Aisa』は問題作だったのか

ASTHENIA『Aisa』というアルバムでひとつの転機を迎えた。アグレッシヴな面は控えめになったとはいえ、これまでの話を聞いてみた限り、方向性が変化したというわけではない。多くのことを学び吸収したことでAsthenの表現したい感情をより的確に描き出すことが可能になり、そして以前から望んでいた方向へと大きく前進したということ。

その成長の証となった『Aisa』がリリースされて半年が過ぎた。そろそろリスナーやメディアからの反応もAsthenの元に寄せられていることだろう。


Asthen:ネット上の評価を見る限り、前作に比べてあまり良くないようです。例えば、Xiami(中国のストリーミングサービス)では、『Aisa』のユーザースコア(リスナーの総得点)が9.3なのに対し、『Nucleation』『Still Lifes』は9.6、9.7でした。Douban(中国の音楽/書籍/映画を中心としたソーシャルネットワーク)では『Aisa』の得点は7.9ですが、『Nucleation』『Still Lifes』はそれぞれ8.8と9.0でした。


リスナーたちがつけたポイントだけを見れば確かに下がってはいる。それでも極端に下がっているとは言いがたく、戸惑いを感じた人もいる一方で作品の良さを認めている人たちもいるはずだ。中国のメタル・ファンたちはどのように感じているのだろうか。


Asthen:否定的な意見の多くは、「アルバム前半のテンポが遅くてつまらない」「クリーン・ヴォーカルが嫌い」「シューゲイズすぎる」というのもあれば、アルバムのすべてを「無意味である」と考える人もいて、非常に悪いリスニング体験を提供しているとのこと。私の親しい友人、特に非メタル・ファンのリスナーや経験豊富なプロデューサーは、このアルバムについてはずっと肯定的な意見を持っていて、「音楽的により豊かでより成熟した」と言ってくれます。私は積極的にメディアをフォローしているわけではないので、メディア方面での評価はよくわかりません。このアルバムがメディアで取り上げられているかどうかも知らないくらいですから。


「中国のメタル・ファンはアグレッシヴでないと認めてくれないんだよ」というミュージシャンの声も聞いたことがあるが、これはかなり辛辣な意見だ。いや、意見というより個人的な好みというだけのような気もする。

Asthenはミュージシャンとして自分の表現したいことを純然たる形で提示しただけのこと。


Asthen:自分が100%満足できないものはリリースしませので、すべての作品を気に入っているのですが、『Aisa』はこれまでの作品と比べてはるかに完成度が高いのです。否定的なレビューがあるのは理解します。人それぞれに好みがありますし、今作は喪失感をテーマにしているので、満足感を与えるものでもなければ、聴いていて気持ちの良いものでないことは確かでしょう。もちろん気に入ってもらえれば理想的なのですが、自分の表現したい気持ちが完全に反映されているので後悔はしていません。このアルバムは私にとって、そしておそらく私一人だけにとっての最重要作品なのです。


では、その作品を送り出したPest ProductionsのオーナーDengからは何か意見はなかったのだろうか。


Asthen:大胆な方向転換をしてもDengはなにひとつ異議を唱えませんでした。そんな創造的自由度の高さには本当に感謝しています。今回の変化は一部のオールド・ファンやレーベルのファンに拒絶される可能性があるのにもかかわらずリリースさせてくれたわけですから。


この懐の広さ、そして表現者の気持ちを理解する感覚は、中国のブラックメタル系レーベルとしてトップを走り続け、自らもミュージシャンとしてブラックゲイズ/ポストデプレッシヴ・ブラックメタルDOPAMINEというバンドで活動するDengならではだろう。
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音楽に対する情熱は本能

どうだろう。彼の探究心と知性の一端を垣間見ることができたのではないかと思う。今回はあまり関係のないことだったので触れることはなかったが、彼は2020年前半に清華大学でソフトウエア工学の修士号を取得して卒業している。清華大学といえば、アジア圏の大学としてはトップ。世界大学ランキング2021でも上位20に食い込んでいることからもわかるようにエリートだ。

それだけの大学を卒業したからには今後ソフトウエア開発などの仕事に就くのが順当。となると徐々に音楽の道から外れてしまっても不思議ではない。社会人になって仕事や家庭に時間を取られることでバンドを辞めるというのはよくある話だ。


Asthen:確かにソフトウエア工学の修士号を取得しましたが、ソフトウエア開発の仕事に就くかどうかはよくわかりません。培った技能の価値は理解しているのですが、それほど情熱を持っているというわけではないのです。それよりも、音楽で自分を表現することは生まれ持った本能的なものなので、どんな形であれ音楽を作り続けていくことは間違いないと思います。でもそうですね、仕事次第ではバンドをやる時間がなくなってしまうかもしれません。ところで、今はスペインにいるんですよ。


すでにスペインで仕事に就いているのだろうか。


Asthen:音楽制作の勉強をしているんですよ。とにかく音楽への情熱を手放したくなかったので。ここでは主にレコーディングやミキシングといった音楽制作をエンジニアやプロデューサーの視点で勉強しています。まだ2カ月(2020年11月の時点で)しかたっていませんが、すでに多くのことを学んだと感じています。

さらに本格的に音楽制作を学ぶことにしたAsthen。これで彼が今後も音楽の世界に携わっていくであろうことが確認できた。

旅立ちの季節

これまでの話を振り返ってみると、Asthenは、まわりの音楽シーンの動向をさして気にする素振りも見せずに心の動きに従って行動し、自分の感じたことを表現してきた。この姿勢はルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインが言った「歴史が私にどんな関係があろう。私の世界こそが最初にして唯一の世界なのだ。私は、私が世界をどのように見たか、を報告したい」という言葉に通じるものがあるのかもしれない。

音楽そのものに関しては、儚い美に揺さぶられた感情を的確かつ具体的に伝えるため、学術的な言葉や、さまざまな国の文化を積極的に採り入れる試みを続けてきた。そうして成長してきた証としてリリースされた『Aisa』は彼の人生と音楽にとって一つの転換点となっただけではなく、今後さらに飛躍する可能性をも示唆することに。

苦悩し、打ちひしがれたこともあったが、死の季節を通過して春が巡ってきた。それは旅立ちの季節でもある。

大学を卒業したAsthenは現在、仕事よりもまずは音楽に対する意気込みを優先してスペインでエンジニアやプロデューサーとしての技術を学び始めた。ひょっとしたら今後は自分の音楽より、ほかのミュージシャンの作品を技術者の立場から制作することが多くなるかもしれない。

しかし、Asthenは“美しくも儚い”ものを捉える繊細な感覚と鋭い洞察力をもって考え続ける男。再び心を動かされる時が訪れれば、存在の神秘を限界まで思考して、超越した先の“語りえぬもの”を“沈黙”する代わりに“音”に変えて表現しようとするはずだ。そこがもっとも重要な部分なのだから。