KISS、最後の日本上陸。 トミー・セイヤー独占最速インタビュー!

Interview
文●増田勇一
12月5日、KISS一行が日本に到着した。ご存知の通り今年の1月末から『END OF THE ROAD WORLD TOUR』と銘打たれた長期間に及ぶ大規模なラスト・ツアーを実施中の彼らだが、同ツアーの一環としてのジャパン・ツアーは12月8日、仙台で開幕を迎えることになる。当然ながら、これが日本でKISSのライヴを観ることができるラスト・チャンスになるわけだが、このツアーの幕開けに先駆け、ギタリストのトミー・セイヤーが本誌のために時間を割いてくれた。
pic:You Masuda

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1984年、BLACK N’ BLUEの一員として初来日した際からトミーを取材してきた筆者は、のちに彼がKISSのロード・マネージャーを務めたり関連書籍の制作などを手掛けるようになってからは、より実務的なところで接触の機会を持ってきた。12月6日、都内某ホテルの高層階にあるスイートルームに現れた彼に「調子はどうですか?」と尋ねると「昨夜到着したばかりで、時差などもあるから正直なところ少しくたびれてはいるよ」と疲れを認めながらも、「だけど、早速こうしてきみと話ができるというのは嬉しいね」と言って笑顔をみせる。KISSにとって今回は通算12回目、そしてトミー自身にとってはこのバンドの一員として迎える6回目のジャパン・ツアーということになる。まずは今現在の気持ちを語ってもらおう。

「とても興奮しているよ。ライヴを待ち続けてくれていたファンもそうだろうけど、俺自身も同じ気持ちなんだ。なにしろこのツアーは、これまで経てきたどんなツアーとも違うもの。KISSにとってこれはファイナル・ツアーであり、同時に、過去最大級にビッグなショウでもあるからね。ステージ・プロダクションにしろ何にしろ、本当に大規模なんだ。そんなショウをやれていることを誇りに思っているし、それを日本のファンの前で披露できることをとても嬉しく思っている。まずは日曜日の仙台(サンデイのセンダイ)がとても楽しみだ。しかも俺自身のことで言うと、今回はこれまで以上に自分の役割というものについて確信を持ちながら、より心地好くプレイできるようになっている。自分自身、いっそう楽しめるようになってきているんだ。これまで以上にね」
pic:Igor Vidyashev

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トミーがKISSの日本公演で初めてプレイしたのは2003年3月のこと。その際の彼は、メンバーというよりも、あくまでエース・フレーリーの代役という立場だった。

「いわば、あの時期というのは移行期のようなものだった。あの年は2月に『KISS SYMPHONY』のライヴをオーストラリアでやり、日本に来て武道館で三夜連続でプレイした。そのあと、横浜アリーナでもね。俺にとっては序章のようなものでもあった。ものすごくグレイトな体験ではあったけども、とても不思議な感覚でもあった。というのも、自分にとっては新しいバンドでプレイしているという状況であるはずなのに、そのバンドをずっと以前から知っていたわけだからね。少年期からKISSを聴いて育ってきた俺は、このバンドに関わる裏方仕事にも携わってきた。どんな曲でも知っていた。だけど、そこでどうやればうまく対処できるのか、という判断は難しかったよ。いわば、大きすぎる靴を履かされたようなものだった

「しかも高いヒールの靴ですしね?」と切り返すと彼は「確かに!」と言って笑う。そして、当時のプレッシャーの大きさについても正直に認めていた。

「なにしろエースはオリジナル・メンバーであり、この世で誰よりもよく知られたギタリストのひとりであり、KISSファンからとても愛されている。そして当然ながら俺自身も、それを身をもって理解している。だから、KISSのライヴで誰かが彼の代役を務めるというのがファンにとってどれほどの一大事であるかはわかっていたし、それを承知の上でステージに立つことには当然のようにプレッシャーも伴った。とても奇妙な時期だったね。だけどおかげさまで、それから機会を重ねていくごとに、心地好くプレイできるようになってきたんだ」

ちなみに2003年の来日公演は、トミーとピーター・クリスがステージを共にするというKISS史上における非常にレアな機会のひとつとなり、同公演ではトミー自身が少年期に親しんできた初期の楽曲を中心とする演奏プログラムが組まれていた。それ自体について、その時点では特に深い意味はなかったはずだが、そうしたバンドの歴史における移行期に原点回帰的な内容のショウを行なっていた事実にも、とても興味深いものがある。そう指摘すると、トミーは次のように語っていた。

「あの時は衣装も『ALIVE!』頃をイメージしたものだったし、まるで1975年あたりに引き戻されたような感覚でもあった。つまり、僕自身がまだ十代で、『ALIVE!』を夢中で聴いていた頃にね(笑)。確かにあれは“新たな始まり”とでも言うべき時期だったように思うし、KISSの歴史には幾度かそうした局面が訪れたことがあった。なにしろあのツアーは、リユニオン・ツアー、フェアウェル・ツアーという大きな区切りを経たうえでのものだったからね。そしてそれ以降、バンドはこうして17年も続いてきた。これは驚くべきことだと思う。そして同時に、それほど長くやってきたからこそ、俺自身もこうして当時以上に心地好くステージに臨むことができるというわけだよ」
pic:Igor Vidyashev

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彼が言うように、KISSの歴史には幾度かの“新たな始まり”があった。そして今、KISSのオフィシャル・サイトを覗いてみると、再来年の7月に実施されるというこの最終ツアーのファイナル公演に向けてのカウントダウンが進んでいる。これは本当に“終わり”を意味するのだろうか?

2021年の7月に、最後のショウをニューヨークで開催する。それは確定している。まだどこの会場でプレイするかは公表していないけどね(笑)。KISSのツアーは、それをもって本当に終了することになる。これはKISSのファイナル・ツアー。この1月のツアー開始以来、約100本をやってきて、今は最終地点に向けてのカウントダウンが始まっている。これが最後だからこそ、同じ都市で何公演もやるのではなく、いろいろな街を訪れたいと考えたんだ。2020年もたくさんの街に足を運ぶし、オーストラリアとニュージーランドのことも考えないといけない。KISSの公演がキャンセルになるなんて話は俺自身の記憶にもないことだし、なんとか来年、いずれかのタイミングに挽回したいと思っている」

日本公演に先駆けて実施される予定だったオーストラリア/ニュージーランド・ツアーは、ポール・スタンレーの急病(インフルエンザと喉の炎症)により、開催直前にキャンセルとなった。そのため日本のファンの間でも今回の来日実現を不安視する声が飛び交うことになったが、こうして無事に日本上陸を果たした4人のコンディションは万全であるようだ。実際、この日にはポール、ジーン、エリックの3人とも接触することができたが、各々の表情からもバンドの状態の良好さがうかがえた。トミー自身も、南半球をツアーしているはずだった時期には、ワークアウトとコンディション調整に勤しんできたのだという。「とにかく最高のコンディションでジャパン・ツアーの初日を迎えたかったからね。日本に到着する時点で、すでにウォーミングアップを済ませた状態でありたかったんだ」という彼の言葉には、プロ意識の高さを感じずにはいられない。そして最後に、トミーからのメッセージをお届けしておこう。

「日本のファンの皆さんに伝えておきたいのは、今、俺たち自身がとてもエキサイトしているということ。究極のKISSショウをお見せするよ。1977年にこのバンドが初めて日本にやって来た時から、この国とKISSの間には特別な繋がりが生まれていたんだと思う。俺自身は当時、その様子を雑誌の写真で見ていただけだけどね(笑)。日本はKISSにとって常に特別な場所、素晴らしい場所であり続けてきた。そしてこれからの2週間のうちに日本各地で、みんながKISSファンであることを誇りに思ってくれるようなショウを披露することを約束しておく。このチャンスを、絶対に逃さないで欲しい」

今回の取材では、他にも「KISSファンとしてのトミーの感覚や解釈の変化」「ロード・マネージャーとしての視点から見たKISS」など、興味深い話を聞くことができた。フル・ヴァージョンのインタビュー記事は、また機会を改めてお届けするので、お楽しみに。

文●増田勇一
pic:Igor Vidyashev

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