『メタル第7世代~ザ・ワールド・イズ・マイン』 03 “いつだってそれは簡単な事じゃない”

メタル第7世代~ザ・ワールド・イズ・マイン
音楽雑誌『BURRN!』の今年度新卒新人編集者によるコラム、第三回。

あなたは何に背中を押されて音楽を聴きますか?

今は一切の前情報なしに音楽を聴くというのが難しい時代。たまたま目にした動画はサムネイルから、偶然手に取ったCDからはジャケットという前情報を受け取ったうえで視聴に踏み切っていることになる。もっともCDを買ったりストリーミングでアルバムを全編視聴するとなると、より多くの情報をもとにして行動を起こしていることと思う。
「情報」というのはレコード会社による説明文、雑誌で読むライターの評論、SNSで目に入ってきた感想文――これらは総て「レビュー」である。
インターネットの普及により、個人の手の届く範囲内に膨大な量のレビューが氾濫する世の中になって久しいこの頃。かつて読む側だった人も、書く側を担っているというケースも多いのではないだろうか?


今は人類総ライター時代。
誰もが簡単に文章を書き、それを人の目の触れる場所で発表することが出来る。


私の物心がついた時にはすでに、『2ちゃんねる』やブログがそこにあった。
物事についての意見を発信する場が整っていた。
我々は自分がレビューをする側であることに何の違和感も感じない。
インターネット世代は生来の書き手なのだ。
とは言え、私は意識して「レビュー」を綴ることをしてこなかった。
自分の考えは的外れなのではないか? 知識量不足が露呈してしまうのではないか?という思いがあったからだ。文章力にも、自分の耳にも、自信が持てない。

もうお気付きかもしれないが、私は本来ライター志望ではなかったし、まさか自分が書き手になるなんて想像もつかなかった。今の会社に入社したきっかけは「編集職募集」の触れ込みを見たからで、そこから色々な幸運が起こり今がある。

学生時代、雑誌に載っていないようなCDを買おうという時は決まって「アルバム名 レビュー」で検索をかけていたし、大手音楽感想文投稿サイト『この曲を聴け!』をはじめ、多くの個人レビューブログを巡り日々情報収集を試みたものだ。アクセスする目的が「情報収集」から「その人の文章」になったくらいファンになったブログだってある。読み手側の楽しみは存分に享受したと思う。
しかも、これらのレビューは概ね無料で読めてしまう。


一方、雑誌のレビューはお金を払って購入しないと読むことが出来ない。
金銭の発生とともに生まれるもの、それは責任だ。
インターネットと違い、実名という屋号を掲げての執筆には責任が問われる。
しかし記名性は同時に確立した個人として尊重されることにも繋がる。
また、紙媒体の権威を保つため、掲載にあたって文章を校正・校閲に通し情報の確実性をインターネットの記事よりも格段に強固なものにしている。
ふるいにかけられた結果、生き残ったものが活字として印刷されているのだ。

私がレビューを書く際いつも考えることは、「このアルバムは一体どれほどの時間を費やして作られたのだろう?」ということ。きっと構想を含めたら何100時間はくだらないだろう。どんなに出来の悪く感じるアルバムでも、誰かの人生を消費して生み出された創作物なのだ。制作時間と全く同じ時間を使ってレビューを執筆することは物理的に不可能だけれど、可能な限り同じだけの熱量を持って、そのために人生をそぎ落とすつもりで取り組みたい。

この意志は、自分が固定給を貰う立場の人間であることにも起因している。
大半のアーティストは、月給制で音楽活動をしていない。
BURRN!にインタビューが載っているバンドだって、音楽だけでは食べていけないと口にする。
アーティストは活動に身が入っていなければ当然その分割を食うが、私は例え気持が伴っていなくとも掲載基準を超える文章さえ書けばお金を貰えてしまう。
この状況に胡坐をかくことは絶対に避けたい。
自分がフリーランスの身でない以上綺麗ごとでしかないが、常に窮した感覚を持っていたいと思う。(皮肉にも紙媒体は現在窮しているといえばいるのだが)

ひょっとしたら誌面で私のレビューを見て「点数が低い」と感じている方がいるかもしれない。実際、知人にも指摘された。
前提として、BURRN!でのアルバムレビューの点数は相対的なものではない。編集部全体で80点、90点の基準が設けられているわけではないのだ。もし私が現時点で平均点を均すために高得点をつけてしまったら、今後出会うかもしれないもっと素晴らしいアルバムの魅力を点数ではお伝えできないことになってしまう。私は私の絶対評価で点数をつけている。もちろん、作品に真摯に向き合ったうえで。
ではなぜ他の編集部員の点数は新人の私に比べて高い傾向にあるのか? 理由の一つとして、長年採点を積み重ねてきたことによってある種のインフレーションを起こしているのではないかということが考えられる。
至高の作品に出会い90点をつけたとしよう。それから5年後にこの上ない評価を与えたいアルバムに出会う。そうなると90点以上をつけるしかない。更に10年後に同じことが起こったとしたら?点数の天井は引き上げられ、それに伴って中庸の作品につける点数も上がってゆくのではないか。つまり、年数を重ねるほど基準点が塗り替えられてゆく機会を何度も迎えるのである。なので、これから私の平均点も上がっていく可能性は十二分にある。
これはあくまで私個人の見識なので、その点は胸に留めておいていただきたい。決して何かの力が働いて点の上下が緩やかになっているのではない、ということだ。



以上。お読みいただきありがとうございました。