メタル金融論-メタル・メルトダウン Vol.5「ポートフォリオ理論(後編)~資本資産価格モデル(CAPM)」

メタル金融論~メタル・メルトダウン
メタルヘッズは常に良いメタルを探している。投資家も常に良い投資対象を探している。両者の行動原理は同じだ。より多くのリターンを求め、しかしその結果自分が取ることになるリスクにも気を配る。メタルヘッズにとっても、投資家にとっても、リスクとリターンとの関係は重要である。今回は、そのリスクとリターンとの関係を明確に定式化した資本資産価格モデル(CAPM)をご紹介しよう。

ジャケ買い

自分の好きなメタルがYouTubeにあったり、Spotifyのようなストリーミング・サービスが普及しても、変わらずCDを買い続けるメタルヘッズは多い。
それは、単にコレクションのためだけではなく、バンドにきちんと対価を支払いたいというロイヤリティの表れでもあるだろう。
メタルヘッズはバンドに貢献したいのだ。
しかし、アルバムを買うという行為はリスクを伴う。
ここで言うリスクとは、期待して買ったアルバムだけどイマイチだった、というものである。
ほとんどのメタルヘッズにはそうした経験があるはずだ。

METALLICAのような偉大なバンドでも、アルバムの出来にはブレがある。
個人的にはLoad、Reload、St. Angerのあたりは、もちろん良い曲もあるが、どうしちゃったのかなと感じたものだ。
しかし、そうしたリスクがあっても我々メタルヘッズはアルバムを買う。
メタルヘッズは好きなバンドのためならリスクを取ることを厭わないのだ。

そして、メタルヘッズはもっと極端にリスクを取る行動に出ることがある。
いわゆる「ジャケ買い」である。
バンド名も知らない、もちろん曲を聴いたこともない、そうしたバンドのアルバムであっても、ジャケットのアートワークから勝手に妄想して、これは素晴らしいバンドに違いない、素晴らしい曲のオンパレードに違いないと期待して、ジャケットだけ見てCDを買うのである。
購入前にYouTubeなどでPVを観たり、Amazonなどでレビューを読んだりできる昨今だが、それでもメタルヘッズはジャケ買いをやめられない。

さて、なぜメタルヘッズはこんな危険な行為に及ぶのだろうか?

リスク・プレミアム

我々人間はお金や時間を使って「効用」を得ようとする。
効用とは楽しみとか満足などをまとめて表現したものである。
人は限られたお金や時間の使い道を考えて、期待できる効用を最大化するように行動するとされており、これを期待効用仮説と呼ぶ。

我々が最も安全に、すなわちリスク無く効用を得ることができる行為は何だろうか?
眠ることだろうか?食べることだろうか?セックスだろうか?
恐らく眠ることが一番安全だろう。
眠い時に眠れば確実に効用が得られる。これを睡眠効用としておこう。

これに対して、ジャケ買いは危険である。
アートワークで勝手に期待効用を膨らませて買ったCDだから、聴いてみたら結果的に得られた効用は期待したそれには遠く及ばないリスクが高い。
しかし、時としてジャケ買いは成功することがある。
期待効用をはるかに上回る効用が得られて、メタルヘッズのその後の人生を狂わせてしまうこともあるのだ。

筆者にはRob Kumafordという友人がいる。
今や3児のパパだが、ブラック・メタルをこよなく愛するメタルヘッズでもある。
彼は今から約20年前の高校生時代、御茶ノ水のDISK UNIONで、あるジャケットと衝撃的な出会いをした。
これがそのジャケットである。
 (12185)

EMPERORのセカンド・アルバム、Anthems to the Welkin at Duskである。
今は誰もが知り、恐れおののくブラック・メタル界の大御所EMPERORであるが、彼がこのジャケットと出会った約20年前は、日本ではまだ無名と言ってよい状態であり、DISK UNIONでも縦置きされていた。
彼も当時EMPERORはまだ知らなかったが、偶然にもこのジャケットは彼の目に留まり、彼の目を釘付けにした。
描かれているのは不思議なものだ。輪郭も全体としてはっきりしないから、何が描かれているのか分からない。
ただ、独特の深緑色の色彩とぼんやりとした背景が見る者をジャケットの奥の世界に引きずり込み、何よりも明確に識別できない描かれているものが、強烈に邪悪なオーラを放っている。

彼は憑りつかれたように、このCDをレジに持って行き、新品買いをしたという(DISK UNIONは中古の売買が主流だ)。
かくして彼はブラック・メタルの虜になり、ブラスト・ビートに今日も溺れるのである。
彼がいつか神社仏閣に放火したりしないか心配だ。

このように、ジャケ買いは失敗するリスクも高いが、驚くほどの効用をもたらすこともある。
これをジャケ買い期待効用としよう。
メタルヘッズは果敢にリスクを取って、より高い効用を得ようとしているのである。
ジャケ買い期待効用と、安全確実な睡眠効用との差をリスクプレミアムと呼ぶ。
つまり、人生を狂わせるほどの高い期待効用は、取ったリスクの対価なのである。

ジャケ買いリスクプレミアム=ジャケ買い期待効用-睡眠効用

市場ポートフォリオ

ジャケ買いという行為は、特定のアルバムに投資して、睡眠効用のように無リスクで得られる効用を超える効用を得ようとするものである。
ただ、多くのメタルヘッズはジャケ買いばかりしているのではない。
METALLICAも聴けばSLAYERも聴くし、IRON MAIDENも聴くのである。

ここで、世界中の全てのメタルを聴くことができたとしよう。
何と幸せなことか!マサ伊藤先生状態である。
しかし、時間は限られているので、聴くメタルの構成は慎重に考えねばならない。
METALLICAのようなバンドを中心に構成すれば、ハズレのリスクをそれほど取ることなく、安定した効用を得ることができるだろう。
逆に、ジャケ買いしたアルバムばかりで構成すると、驚くほど高い効用が得られる可能性もある代わりに、ハズレのリスクも高い。
こうして熟慮を重ねた結果として、マサ伊藤先生も絶賛するようなプレイリストができたとする。
これをメタル・ポートフォリオと呼ぼう。

メタル・ポートフォリオに期待される効用は、言わば全てのメタルを最適な構成で聴いた場合の効用であり、まさにメタル期待効用である。
しかし、いくら完璧なプレイリストであっても、その効用は時と場合に左右されるのだから、やはりリスクを伴っており、睡眠による効用ほど安全ではない。
よって、メタルを聴くことによるリスクプレミアム(メタルリスクプレミアム)は次のようになる。

メタルリスクプレミアム=メタル期待効用-睡眠効用

投資の世界では、安全確実に収益が得られる投資対象を無リスク資産と呼び、実務上は国債などが用いられる(本当に国債投資にリスクが無いかという議論は当然あるが)。
つまり、上記の睡眠効用は無リスク資産の収益率に該当する。
一方、リスクを伴う全ての金融資産で構成されるポートフォリオを市場ポートフォリオと呼び、それは前述のメタル・ポートフォリオのようなものだ。
よって、市場ポートフォリオの期待収益率は、上記のメタル期待効用に相当する。

β(ベータ)

80年代に奇跡的に起きたメタル・ブーム。
当時を中高生として過ごすことができた筆者は、大変に幸運だったとしみじみ思う。
メタル全体の人気が高まることによって、様々な若手バンドが脚光を浴び、現在でも第一線で活躍するバンドがいくつも誕生した。
ただ、当時はメタル・ポートフォリオへの期待効用が高かったから、個々のバンドへの期待効用も自然と高まったので、若手バンドもチャンスに恵まれていたとも言える。
それに比べると、今の若手バンドは苦労しているだろう。大丈夫、草葉の陰から応援しているよ。

このように、ジャンルとしてのメタルの人気と、メタルに分類されるバンドの人気には比例関係がある。
ただし、各バンドの人気がメタル人気にどの程度左右されるかは、バンドにより異なる。
つまり、ジャケ買い期待効用は、メタル期待効用と相関を持つと考えられ、次のように定式化できる。

ジャケ買い期待効用-睡眠効用=β×(メタル期待効用-睡眠効用)

あるいは、

ジャケ買いリスクプレミアム=β×メタルリスクプレミアム

メタル人気が高まれば、個別のメタル・アルバムへの期待効用も高まるが、その程度はβによって表すことができると上式は言っている。
βが1に近いということは、そのバンドの人気とジャンルとしてのメタルの人気がほぼ一致していることを意味している。METALLICAとかSLIPKNOTがそうしたバンドだろうか。
βが1より大きいのは、メタル人気が高まれば、そのバンドの人気はより一層高まるだろうということを意味し、良いバンドなのだけど中々ブレークできないバンドなどが該当するだろう。PHANTOM EXCALIVER頑張れ!
βが1より小さいのは、メタル人気とは関係なく、安定した人気を維持しているバンドである。DEEP PURPLEのような大御所かな。

投資の世界に置き換えると、ジャケ買い期待効用は、リスクのある個別投資対象の期待収益率である。
前述のように、睡眠効用は無リスク資産の収益率、メタル期待効用は市場ポートフォリオの期待収益率である。
それらの言葉を使って、上式を投資の世界の言葉で書き換えると、次のようになる。

個別資産の期待収益率-無リスク資産の収益率=β×(市場ポートフォリオの期待収益率-無リスク資産の収益率)

あるいは、

個別資産のリスクプレミアム=β×市場ポートフォリオのリスクプレミアム

これを資本資産価格モデル(CAPM: Capital Asset Pricing Model)と呼び、ポートフォリオ理論の1つの集大成とされている(もちろん批判的に検証され、新たな研究成果は続々と生まれてきている)。
そしてβ(ベータ)は、市場全体の変動に対して、個々の資産の収益率がどの程度の感応度を持つかを表す指標として重宝され、投資の実務で活用されている。