メタル金融論-メタル・メルトダウン Vol.9「ボウイ債」

メタル金融論~メタル・メルトダウン
デビッド・ボウイが大きな影響を与えたのは音楽の世界だけではない。ボウイは金融の世界にも革命的な影響をもたらした。将来の著作権収入を証券化したボウイ債の発行である。今回はボウイ債を紹介するとともに、債券の価値評価手法の基本であるDCF法について解説する。

ボウイとメタル

デビッド・ボウイ(David Bowie)はメタルではない。
メタルではないのだが、ボウイが音楽に与えた影響は計り知れず、そしてそれはメタルにとっても無縁ではなく、ボウイをリスペクトするメタル・アーティストは多い。

例えば、Motörheadは2017年にカヴァー音源集UNDER CÖVERをリリースしたが、これにはボウイのHeroesが収録されている。
他の収録曲はJUDAS PRIESTやMETALLICAなどのカヴァーなので、あの極悪レミーが歌うボウイはちょっとした事件かもしれない。
レミーがしゃがれた声で"We can be Heroes, just for one day."と歌うところは鳥肌ものである。

Motörhead "Heroes" (David Bowie Cover)

また、NIRVANAのカート・コバーン(Kurt Cobain)がMTV Unpluggedで歌ったThe Man Who Sold The Worldも秀逸である。
気だるそうに歌うカートの雰囲気と歌詞や曲調が絶妙にマッチしていて素晴らしい。

Nirvana "The Man Who Sold The World" (David Bowie Cover)

ボウイと金融

ボウイが影響を与えたのは音楽の世界だけではない。
金融の世界にもボウイは絶大な影響を与えた。

ボウイ債である。

1997年、ボウイは1969年から1990年までに発表した楽曲(アルバム25枚、287曲)がこれから生み出す著作権収入、並びに将来行うライブによる収益や発表する楽曲の著作権収入を担保にした債券を発行し、大手金融機関であるプルデンシャル ファイナンシャルに5,500万ドル(当時のレートで約65億円)で売却した。
満期までの期間は10年間、想定利回りは7.9%だったという。
ちなみに、この取引をアレンジしたのはDavid Pullmanという人物で、この種の債券をプルマン債と呼ぶこともある。

今でこそ、不動産やローンなど、ありとあらゆる将来のキャッシュフローを生むものが証券化され、小口化されて複数の投資家に共有される仕組みが出来上がっている。
しかし、ボウイ債が当時画期的だったのは、アーティストが将来生み出すであろうキャッシュフローを証券化して投資家に売却したことである。
ボウイ債をきっかけとして、IRON MAIDENやRod Stewartといった他のアーティスト、映画やスポーツチームなども同様の債券を発行するようになり、エンターテイメント業界の資金調達手法にまさに革命をもたらした。

日本もアメリカもCDの売上高のピークは1998年であり、ボウイ債が発行された1997年当時は、将来の著作権収入は安泰に思われた。
そのため、格付け機関のムーディーズはボウイ債に最高位(最も信頼性が高い)のAaaを付与したという。
しかし、1999年以降CDの売上は減少するようになり、CD不況と呼ばれる状況となる。
ボウイの著作物もCD不況とは無縁ではなく、2003年にボウイ債の格付けはBaa3(信用リスクが中程度)に低下し、2007年の満期を迎えて清算された、

ボウイが将来のCD不況を予見していたかは分からないが、振り返ってみれば、ボウイ債は音楽業界が活況に沸く最高のタイミングで発行された。
プルデンシャルが7.9%の想定利回りを結果的に得られたかは怪しく、確実に言えることは、ボウイは儲けたということである。

DCF法

債券を買う(債券に投資する)とは、将来受け取るキャッシュフロー群を現時点でまとめて買う、ということである。
買うためには、その適切な価値が分からなければならない。
債券価値の評価法の基本がDCF法(Discount Cash Flow)であり、債券だけでなく不動産や企業など、将来キャッシュフローを生む様々な投資対象の評価に用いられる。

典型的な債券のキャッシュフローは次の図のようなものだ。
筆者作成 (16170)

via 筆者作成
この債券は満期までの期間がn年間であり、毎年Cの配当を受け取り、満期時にFで償還されることを想定している。
その現在の価値が、債券の購入価格Pである。
現時点でP支払ってこの債券を購入すれば、n年分のcと満期時の償還金Fを受け取ることができる。

Pを評価するには、キャッシュフローの現在価値と将来価値の関係を考えなければならない。
現在幾らか投資して、年率の利回りがrだったとすると、そのn年後の価値は次のようになる。
筆者作成 (16172)

via 筆者作成
この関係から、将来受け取るキャッシュフローの現在価値は次のようになる。
筆者作成 (16181)

via 筆者作成
現在の債券価格Pは、将来受け取る全てのキャッシュフローの現在価値を合計したものだから次のようになる。
筆者作成 (16180)

via 筆者作成
ボウイはボウイ債を5,500万ドルでプルデンシャルに売却した。つまりPは5,500万ドルである。
また、想定利回りは7.9%であった。つまりrは0.079である。
ボウイの著作物やライブからの収入が満期までの10年間一定だったとすると、プルデンシャルが毎年受け取る配当は、上の式から815万ドル(当時のレートで9億6千万円)と想定されていたことが分かる。

ボウイとインターネット

CD不況を招いた大きな要因にインターネットがあることは間違いない。
ボウイがCD不況を予見していたかは分からないと上では書いたが、インターネットが音楽ビジネスに多大な影響を与えるであろうことにはいち早く気付いていた。

インターネットの商用利用が開始されたのは1990年代初頭であり、日本で民間のインターネット接続サービスが開始されたのは1993年のことだった。
そのわずか3年後の1996年にボウイは新曲Telling Liesを自身のウェブサイトで公開した。
史上初の音楽のオンライン配信と言われている。

また、ボウイはBowieNetというインターネット・プロバイダを1998年から運営していた。
これはファンクラブを兼ねるもので、月額19.95ドル支払って会員になると、インターネット接続サービスだけでなく、ファンの交流掲示板の利用や「@devidbowie.com」のメールアドレスの利用、ボウイの楽曲や動画へのアクセスができた。
掲示板には時々ボウイ自身が書き込んで、ファンとの交流を楽しんだらしい。
今でこそアーティストが自身のサイトやSNSでファンとの交流を図ることは当たり前になっているが、ボウイはそれを今から20年以上も前に実践していたのだ。

さらに、CD不況の直接的な引き金となったNapterがサービスを開始した1999年に、BBCのインタビューに答えて、インターネットが社会に与える計り知れない影響を指摘したことは有名である。
そのインタビューにおいて、インターネットは単なる伝達手段ではなく、情報の発信者と受け手が互いに影響し合うライフスタイルをもたらし、コンテンツのあり方はこれまでとは全く異なったものとなる、とボウイは話している。
そして、ボウイが話した通りになった。

こうしたボウイの先見性を考えると、インターネットの登場がボウイ債の発行につながっているように思えてならないのだ。

David Bowie speaks to Jeremy Paxman on BBC Newsnight (1999)