メタル金融論-メタル・メルトダウン Vol.3「オプション理論(後編)~オプションの価値ってどう考えればよい?」

メタル金融論~メタル・メルトダウン
前回のオプション理論(前編)では、金融商品としてのオプションがどのような取引であるかを解説した。問題はそのオプションの価値をどのように評価するかである。オプション価値は数学的に表現されることが多く、数式の難解さから理解を諦めてしまう人が多いが、その感覚的な理解は難しくない。オプション理論(後編)の今回は、数学的表現を一切用いず、世界一簡単にオプションの価値の考え方を解説する。

東京ドームワンマン・チケット・オプションのおさらい

今はキャパ300程度のハコで頑張っているPhantom Excaliver(ファントム・エクスカリバー、以下ファントム)。
チケット代もワンマンなら3千円程度である。
それでもチケットの売れ行きに悩むことがあるらしい。
しかし、彼らには大きな野望があり、それを公言してはばからない。

「いつかは東京ドームでワンマンをやるゼ!」

東京ドームでワンマン決める日本のメタル・バンドなど、BABYMETALぐらいしか思い浮かばないが、いつかはそれぐらいの人気を誇るバンドになってやる、という心意気がオジサンには嬉しい。
BABYMETAL並みになっていたとすると、チケット代は1万円程度だろうか。
キャパは5万である。
大丈夫、ファントムならやれるさ。

さて、その「いつか」を2年後だとしよう。
その2年後の東京ドーム公演チケットを5千円で買うことができる「権利」が今あったとする。
こうした将来のモノの価格を今決めて、将来のその時点になった時に予め決めた価格で売買する「権利」のことをオプションという。
ファントムが2年後に東京ドームワンマン公演を実現する可能性はゼロではなく、その場合チケット代はBABYMETAL並みの1万円程度にはなっているだろうから、それを5千円で買うことができるオプションには、現時点で価値がある。

それでは、このオプションの現時点での価値をどのように考えればよいか、が今回のテーマである。

まずは確率分布を考える

この場合の確率分布とは、2年後のファントムの東京ドーム公演のチケット価格が、幾らの確率で幾らになっているか、というものである。
それは実は誰にも分からないのだが、何らかの方法で推定できたとしよう。

2年後のファントムの東京ドーム公演のチケット価格が次の4通りだとする。
カッコ内はその価格となる確率である。

10万円(0.1%)~ポールマッカートニー並み
1万円(20%)~BABYMETAL並み
3千円(50%)~現状維持
0円(29.9%)~東京ドーム公演は行われない

確率の部分は4通り全て足すと1になるようにしてある。
つまり、2年後のファントムの東京ドーム公演のチケット価格は、必ずこの4通りのいずれかになる。
現実的には、1万円と3千円の間とか、いくらでもチケット価格はあり得るのだが、ここでは話を簡単に進めるために4通りだけとしてある。
やや乱暴な仮定に思われるかも知れないが、オプションの価値を感覚的に理解する上では、これで問題無い。

ポールマッカートニー並みになると、チケット価格は10万円。
そんな可能性あるのかと問われるかも知れないが、その確率の妥当性は別として、可能性はゼロではない。
JUDAS PRIESTのファンには怒られるかも知れないが(私もファンです!)、新たなMETAL GODが誕生する可能性はいつでもあるのである。

残念ながら、東京ドーム公演が行われない可能性もそれなりにある。
ファントムのメンバーは怒るかも知れないが。
私に言えるのは、新たなMETAL GODになるべく頑張れ、ということだけである。

オプションの価値の考え方

それでは、2年後のこのチケットを5千円で買うことができるオプションの現在の価値を考えてみよう。

このオプションの買い手であるあなたは、ファントムの人気がポールマッカートニー並みかBABYMETAL並みになっていた場合に、高いチケットを5千円で買うことができるのだから利益を得られる。
一方、現状維持や東京ドーム公演が行われなかった場合は、5千円でチケットを買う意味が無いので、あなたに利益は無い。

ポールマッカートニー並みの場合、10万円のチケットを5千円で買うことができるのだから、あなたにとっては9万5千円の利益である。
ただし、その利益が得られる確率は0.1%だ。
なので、期待できる利益(期待値という)は9万5千円×0.1%=95円となる。

BABYMETAL並みの場合、1万円のチケットを5千円で買うことができて5千円の利益、その利益が得られる確率は20%なので、5千円×20%=1千円が期待できる利益である。

以上から、もしあなたがこのオプションを持っていたら、2年後に95円+1千円=1,095円の利益が得られると期待できる。
オプションの買い手であるあなたは、自分が得られると期待できる利益以下の価格でこのオプションを買いたいと思う。

さて、売り手はどう考えるか?

ファントムの人気がポールマッカートニー並みになっていた場合、10万円のチケットを5千円であなたに売らなければならない。
つまり、9万5千円の損失で、それが発生する確率は0.1%だから、期待損失は9万5千円×0.1%=95円である。

BABYMETAL並みの場合、1万円のチケットを5千円であなたに売らなければいけないので5千円の損失、それが発生する確率は20%なので、5千円×20%=1千円が期待損失である。

つまり、あなたにとっての利益は売り手の損なので、売り手は自分の期待損失以上の価格でこのオプションを売りたいと思う。
よって、買い手と売り手の思惑が一致するのは1,095円であり、それがこのオプションの価値となる(より正確には、この1,095円は2年後の価値なので、その割引現在価値が現時点でのオプション価値となる)。

要するに、オプションの価値とは、買い手から見たらそのオプションを持っていた場合に将来得られる期待利益、売り手から見たら売っていた場合の期待損失である。

あなたは現在1,095円のオプション料を払うことによって、2年後のファントムの東京ドーム公演のチケット価格がどれだけ高かろうと、それを5千円で買うことができる。
逆に、2年後のチケット価格が権利行使価格の5千円を下回っていた場合、あなたは権利行使できないので、支払っていた1,095円のオプション料は無駄になる。

オプション価値の評価の肝は、オプションが対象とするモノの価格が将来、幾らの確率で、幾らになっているかという確率分布を推定する点にある。
将来のモノの価格の確率分布さえ推定できれば、どんなモノでもオプション取引の対象とすることができる。
確率分布が経験的に分かっている場合はそれを適用してもよいが、まずは現在から将来にかけてのモノの価格の変動過程を仮定して、その結果として確率分布を得ることが多い。

オプション価値の評価モデルについては、ノーベル経済学賞の受賞理由ともなったブラック=ショールズ・モデルが有名である。
水のような溶液にインクを垂らすと、インクの粒子は何もしなくても水の中を不規則に変動するが、これをブラウン運動と呼ぶ。
ブラック=ショールズ・モデルはモノの価格変動過程をブラウン運動と仮定するものであった。

ファントムの夢は実現するか?

東京ドームでのワンマンライブ。
それはミュージシャンにとっての金字塔であり、誰もが成し得たいと思っていることだろう。
私がファントムを好きなのは、それを公言してはばからず、泥臭く頑張っている姿を惜しげもなくファンに見せているからである。
誰か有力なプロデューサーと出会って、そつなくブレークするのではなく、自分たちの力で東京ドームに行ってやるゼ、という姿勢が好ましいと思う。

ファントムの東京ドームワンマン・チケット・オプション、あなたなら買うだろうか?
前述のオプション価値の解説で用いた確率分布は、説明のために仮定した架空のものだが、その通りだったとして、現在オプション料として1,095円支払い、2年後にチケット代として5千円支払うことになる。
もし、ファントムがBABYMETAL並みになっていたとしたら、十分お得である。

私はファンの一人として、お得であるかどうかに関わらず、このオプションを買ってみたい。
もちろん、お得にライブに行けたならそれはラッキーだ。
しかしそれよりも、このオプションにはバンドとファンが夢を共有するという意味があるのだ。